認知症の人を中心としたケアの大切さを訴える長谷川さん=東京都の認知症介護研究・研修東京センター

笑うことが一番大事

 

 介護保険制度が施行された2000年、精神科医の長谷川和夫さん(89)は、認知症ケアの人材育成などを目的に新設された「高齢者介護研究・研修東京センター」のセンター長に就任した。これを機に、認知症研究だけでなく、ケア人材の養成にも力を注いだ。

 「(認知症の人を介護している)家族やケアワーカー、福祉関係の人にまず言わなくちゃいけないのは『一人の人間として当事者と向き合ってほしい』ということ。彼らは自分と同じ考えを持っている人間であり、ゆったり構えて話し掛けるのを怠ってはいけませんということだね」

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 長谷川さんが認知症ケアの理念に据えたのは、イギリスの心理学者トム・キッドウッドが提唱した「パーソン・センタード・ケア」だ。それは当事者を中心に考えるケアの実践である。

 「認知症の人の心をよく理解し、その人の立場に立って対応していくということだね。例えば、朝起きた時、本人は何々をしたいとか、何々をしたくないとか思っているかもしれない。だから、まずは何をしたいか聞くことが大切だ」

 「それが『今日はお医者さんに行く日だからね』なんて言われると、自分の考えをぽっと忘れちゃうんだ。言われた内容しか頭に入らず『そうか、じゃあ行こう』って。当事者の気持ちを知らないうちに踏みにじり、本人も踏みにじられたと自覚していない。それは人として扱っていることにならないから、いけないよね」

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 認知症の人を在宅で介護する場合、家族は戸惑い、先の見えない不安を抱える。介護が長期に及ぶのなら、いかにストレスをためないかといった工夫が必要になる。

 「以前、京都であった認知症に関する会議で、登壇した当事者や家族の人が『笑うことが一番大事です』と言っていたんだよ。やっぱり笑いとか、楽しいとか、そういうことが重要だよね。笑うと体がほぐれるし、実際に頭の血液の流れが良くなるというしね」

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 末期の認知症で寝たきりになり、言葉が思うように出なくなったとしても、その人の人格は失われない。長谷川さんも今、死を身近なものとして感じているという。

 「みんな違うじゃない、一人一人が。世界に何十億人いても自分はその誰とも違う。そういう尊い存在なんだよ。そういう風に考えることが大切だよね」

 「死ぬのはもちろん怖いよ。自分の存在が消滅するっていうことだけを考えても、おっかないっていうか嫌だね。分からないもんなあ。どんな風になるのか。でも死ぬのは1回しかないからね。2回も3回もあるんじゃ怖いけどさあ。1回だったら頑張ろうと思ってね」。 =第6部おわり

 

とはもの

 パーソン・センタード・ケア 食事や入浴といった身体的な介護だけでなく、当事者の認知機能や生活歴、個性を踏まえて、その人らしさや尊厳を守るケアを目指す。イギリスでは高齢者サービスを提供する際の国家基準として取り入れられており、日本国内にも浸透しつつある。