白い縦長の長方形に、涙を流す幼い赤鬼が小さく描かれている。稚拙な文字が目に飛び込んでくる。一言だけの赤鬼の思い。「ボクのお父さんは、桃太郎というやつに殺されました」

 若い制作者が新聞広告の出来栄えを競う6年前のコンテストで、最優秀になった作品だ。「鬼は外」が方々から聞こえるこの時季になると思い出す

 作家芥川龍之介の作品が下敷きだとしたら、桃太郎こそ悪人。離島にすむ平和主義者の鬼たちを、身勝手な理由で虐殺してしまうのだから。桃太郎の視点ばかりに寄りかかっていては、決して見えない風景である

 豆をぶつけられ、寒い戸外に追い出される節分の鬼たちにも、言い分はあるのだろう。伝統的な役回りはそれとして、鬼だからと決めつけずに耳を傾ければ、案外いい友達になれるかもしれない

 相手の視点や第三者の立場から物事を捉えることを、心理学では「ディソシエイト」と呼ぶ。<一方的な『めでたし、めでたし』を生まないために、広げよう、あなたがみている世界。>。最優秀作には、こう呼び掛ける一文もあった

 見渡せば、ヘイトスピーチやインターネットへの差別的な書き込みが横行する。世知辛いという表現では収まらない不寛容な世界が広がっている。だからこそディソシエイトが価値を持つ。進んで反対側にも立ってみる。