今から100年程前、徳島市内の家という家の軒に「久松留守」と筆書きしたお札が掲げられた。インフルエンザの厄よけである。晩年を徳島で過ごしたポルトガルの文人モラエスは、これを見て「なんてやさしいまじない」と感動したという。自著「おヨネとコハル」に記す

 当時はインフルを「お染風邪」と呼んでいた。久松、お染と言えば、商家の娘と丁稚の道ならぬ悲恋で有名な浄瑠璃・歌舞伎の登場人物。お染の激しい恋情を、インフルの感染力と症状になぞらえたと、俗説で伝わる

 疫病を力ずくで追い払わず、「愛する人はここにはいませんよ」とお引き取り願う。お染の霊への恐れか情けか。ともあれ、民衆の処し方にモラエスが感動したのは無理もない

 今季もインフルは全国で猛威を振るっている。本県は既に全域で「警報」のレベル。他県では死亡例も相次いでいるから警戒が必要だ

 お染風邪が流行した時、内務省は啓発ポスターで4点呼び掛けた。<1>近寄るな―咳する人に<2>鼻口を覆へ―他の為にも、身の為にも<3>予防注射を―転ばぬ先に<4>含嗽せよ―朝な夕なに。予防のすべは1世紀を経ても不変である

 基本の予防に徹した上で「久松留守」のお札を掲げるというのは一考かもしれない。病は気一つとも言うし。ちなみにモラエスは一度もかからなかったそうだ。