明石家さんまのお笑い番組で、カツラの長髪を振り乱して洋楽を歌う。最も得意とする替え歌芸。「しゃべりは苦手。演技でも勝てない。自分にとって一番自然で楽しめるのが歌だった」と今の芸風に至った理由を語る。

 よしもとクリエイティブ・エージェンシー(大阪市)に所属するピン芸人。芸歴は13年になる。活動の主な舞台は若手の育成劇場として知られる大阪・難波の「よしもと漫才劇場」だ。劇場に出入りする100組以上の芸人と切磋琢磨する日々。「(ピン芸人対象のお笑いコンクール)R―1ぐらんぷりを制し、トロフィーを徳島に持ち帰りたい」と力を込める。

 「派手な世界で生きていきたい」と小学4年のころからお笑い芸人を目指してきた。高校時代はロックバンドを組んでボーカルを担当。「芸人になるため、人前に立つ練習と考えていた」と話す。

 高校卒業後、夢実現へ一歩を踏み出した。2005年に吉本興業の養成所「NSC大阪」へ。しかし、卒業後に試練が待っていた。

 劇場の舞台に立つためのオーディションに落ち続けた。アルバイトで食いつなぎながら苦境に耐えたが、8年して心が折れかけた。「地元に帰ろうかと思い、徳島の求人情報誌を見ていた」と明かす。

 「これで駄目なら本当にお笑いをやめる」と臨んだのが14年のR―1。毎年出場していたが3回戦までが最高だった。そのときは予選から絶好調で準決勝を1位で通過。テレビで放送される決勝に初めて進んだ。優勝は逃したが、これが自信になった。

 15年に同い年の構成作家の女性と結婚した。「風呂場でネタが浮かぶと、すぐ呼んで聞いてもらう。一緒に笑いを作ってる感じで楽しい」

 4月からは徳島で定期的なライブを計画している。「後輩も連れて行き、古里で笑いの良さを伝えたい」と熱っぽく語る。 

 なかやまじょしたんきだいがく 本名は中山裕介(なかやま・ゆうすけ)。城南高を卒業後、2005年にNSC大阪の28期生に。14年から「よしもと漫才劇場」に所属している。大阪市在住。32歳。