千島の開拓は有志を移して永住民たらしめ・・・その地を私有して家業を営み、子孫に伝うる覚悟あらしめんことを要す―。平たく言えば、わが国最北端の千島列島に人を移住させ久しく発展させるべきだとの主張だ

 幕末に日本人で初めて樺太(サハリン)を踏破した岡本韋庵が唱えた。穴吹町(現美馬市)に生まれ、北方開拓を夢見た郷土の偉人である。探検の先に見据えた樺太開拓は千島樺太交換条約によって阻まれたが、同じオホーツクの千島に望みをつないだ

 択捉島と色丹島に赴き、調査を尽くして冒頭の思いに至る。この時、韋庵53歳。知命を過ぎても青雲の志は強かった。開拓の覚悟は時の政府に理解されず再び露と消えたが、一連の行動力と足跡は語り継がれている

 韋庵が没して115年。膠着状態にある北方領土問題で、安倍晋三首相が「2島先行返還」にかじを切ろうとしている。歯舞群島と色丹島の引き渡しを条件に、ロシアも望む平和条約を結ぼうとの算段らしい

 首相は北方領土問題の「解決」を政権のレガシー(遺産)にしたいようだ。もくろみ通り進むかどうか。賛否も割れる

 韋庵が夢見たのは、北方四島を含む千島を日本として発展させることだった。首相の差配を見つめる韋庵のまなざしは、きっと険しいだろう。あすの北方領土の日を前に、想像してみる。