弘法大師空海が開いた真言密教の聖地・高野山(和歌山県高野町)には、明治までは1500もの寺院があり、現在も117カ寺が残る日本屈指の仏教都市だ。新たに就く僧職は弘法大師の名代。緋色(ひいろ)の僧衣を身にまとい、山内で営まれる法会や儀式など宗教行事の導師を務める。

 「営々と続いてきた伝統の重さを感じる。任期中、大師の代わりとして務めを果たしたい」と意気込む。

 生家は吉野川市山川町の医光寺。住職の父が体調を崩し、小学5年で得度した。川島高校を卒業後、寺を継ぐため高野山大に進んだが、在学中から空海研究にのめり込んだ。大学院修了後も学びを深める道を選び、宿坊を持たない清凉院に弟子入りし、研究漬けの日々を送った。

 「空海という入り口は一つだが、その先には大きな世界が広がっている。その世界をひたすら追い求めてきた」

 日本から唐に渡って密教を修めた空海の足跡をたどり、1984年には訪中団を率いて2400キロの道のりを踏破した。空海を追体験する巡礼道として「空海ロード」を開創するなど、中国との文化交流を長く続けている。三筆とたたえられた空海になぞらえ、美波町出身の書家・小坂奇石の下で書道の腕前を磨いた。仏画や武道も手掛ける。

 法印の任期は1年。この間は高野山から離れることができず、「毎年中国に行っていたのに、それができなくなるのは残念」と笑う。3人の息子は独立し、清凉院で妻や弟子と過ごす。75歳。