3月8日はジェンダー平等を目指す「国際女性デー」。悩みながら生きる女性に、支えとなる言葉をもらいたい。そんな思いで、フェミニストカウンセラーの河野貴代美さん(78)=元お茶の水女子大教授、徳島市出身=を訪ねた。河野さんは40年近く前に、女性が抱える問題を女性の視点でひもといて自立を支援するフェミニストカウンセリングを日本に紹介し、実践を続けてきた。フェミニズムとの出合いから家族以外による看とりまで、話は多岐にわたった。
2月下旬、河野さんが住まいとしている東京都多摩市の有料老人ホームを訪ねた。到着時刻の目安を伝えておくと、入り口で待っていてくれた。ホームは緑の多い団地の中にある。4階建ての建物が何棟か並び、地域の人も利用できる食堂もある。ホームの打ち合わせ室を借り、インタビューを行った。
―河野さんは新著「わたしを生きる知恵 80歳のフェミニストカウンセラーからあなたへ」(三一書房)の冒頭で、こうフェミニズムを語る。「自分を肯定し、自分らしく生きるための生活の知恵・指針のようなもの」。河野さんがフェミニズムと出合ったのは1960年代の米国。精神科のカウンセラーとして患者支援について学ぶため、渡った先だった。
68年、まだ成田空港なんてなかった頃に羽田からたちました。途中でハワイで給油するような時代のことです。そこで出会った日系米国人の夫―後に離婚しましたが―が「君、こういうのに興味あるんじゃないの」と紹介してくれたのがフェミニズム運動の組織NOW(全米女性機構)でした。
私がぽつぽつと話す英語にみな、耳を傾けてくれた。そこで学んだのが「あなたはあなたであってよい」ということ。一番大事なメッセージです。
―「あなたはあなたであってよい」。つまり、社会が女性に求める役割に自分を合わせる必要はないということだ。帰国した河野さんは80年、日本で初となるフェミニストカウンセリングのルームを開く。70年代に始まったウーマンリブの高揚感が続く中、多くの相談者が訪れた。「良妻賢母」の呪縛から逃れたいといった悩みのほか、暴力や拒食症など相談内容は幅広かった。
当時、父が交通事故で亡くなり、まとまったお金が入ってきました。「このお金が底をついたらやめよう」。そう思って部屋を借りたんです。でも新聞社で増えてきつつあった女性記者が共鳴してくれ、たくさん記事が出た。来てくれる人が定着し、カウンセラーも増えていった。
女性は普段の会話で「つらい」と言っても、「恵まれているのに」「わがままなのよ」と言われてしまう。聞いてくれる人も、分かってくれる人もおらず、自分のことを語る契機がない。当時は「自分のことを考えたい」という女性が多く、求められていたんだと思います。
―85年には男女雇用機会均等法と労働者派遣法が成立。企業内で出世の階段を上る女性が出現する一方で、派遣やパートタイムなど不安定な雇用が増え、その多くを女性が担う。結果、女性の分断が進んだ。90年代末からは、保守派によるフェミニズム批判が起きた。21世紀に入り、性被害を訴える#MeToo運動に見られるように、女性は被害や違和感をSNSで発信するようになった。今のフェミニズムを河野さんはどう見るか。
例えばセクハラは80年代に定義され、ひとつの運動になっていた。(DV被害女性を支援する)NPO法人全国女性シェルターネットなど、実際に活動する組織も生まれた。「差別されている」という共通の思いが、うねりを生んだんです。
一方で、#MeTooは現象にとどまる。これが時代性だと思うんですね。今は女性の経済的な格差や意識の多様化により、大きな動きにならない。社会が複雑化する中で、(フェミニズムが)思想を実践につなげて、訴えていくのが難しくなっている。昔からの主張をここで繰り返すのではなく、新しい言説が必要なように思えます。
―社会学者の上野千鶴子さんが「おひとりさまの老後」(法研)を出版したのは2007年。厚生労働省の国民生活基礎調査(16年)によると、65歳以上がいる世帯のうち、27%は単独世帯だ。河野さんは11年、仲間約30人で、「おひとりさま」だったジェンダー研究者竹村和子さんの闘病を支え、看とっている。これは家族によらないケアのひとつのモデルとなった。家族が多様化する中で、私たちは老いや最期とどう向き合えばいいか。
ここ(老人ホーム)では、入居者で支え合いのグループをつくっています。買い物や病院の付き添いなど、できることをリストにしているんです。私の場合だと、新聞を運ぶのが重い。一人だと新聞の束を蹴って動かさないといけない。上に住んでいる男の人に運ぶのを手伝ってもらう。
また、選挙のときには、近くにある小学校が投票所になる。ただ、階段があるんですね。そこを付き添ってあげたら、投票ができるでしょう。
老々介護で難しいこともある。ただ、「老いていくと、こういうことができなくなっていくんだ」と分かります。
今、介護認定のハードルも高くなってきていて、政府に頼るにも限界がある。こうした試みは増えてくるだろうと思います。
ホームの共同の墓もあるんですね。「家」ってそれだけ崩れているということ。同性カップルもいれば、シェアハウスだってある。保守的な人たちは「3世代同居がいい」などと言いますけれど、現実には家族は非常に変形しているんです。
―女性へのメッセージを。
女性には自信がない人が多いんですね。しかし、自信とは「自ら信じる」ということ。過去を見て「ああすればよかった」と思ったり、未来を見て「どうなるんだろう」と不安を先取りしたりする。そうではなく、今をどうやって生きればいいか、足場を見ることが大事。今、決めるんです。そして他人と比較せず、「これでいいんだ」と思うんです。
フェミニストカウンセリング 「女性の生きづらさは社会規範が生んでいる」というフェミニズムの視点で、女性の問題解決を支援する。2001年には「日本フェミニストカウンセリング学会」が設立された。全国にカウンセリングルームが20カ所以上ある。
県内では、1997年に「ウィメンズカウンセリング徳島」(河野和代代表)が開設された。また、フェミニストカウンセラー養成講座」の修了生たちにより、「暴力根絶ネット」「女性グループすいーぷ」「CAPとくしま」など、多くの女性支援団体が設立されている。
かわの・きよみ 1939年徳島市生まれ。シモンズ大学社会事業大学院修了。元お茶の水女子大学教授。80年に東京都内で「フェミニストセラピー”なかま“」を開業し、フェミニストカウンセリングの普及、カウンセラーの養成に努める。