先人たちは地震や風水害の歴史を伝えるため、多くのメッセージを後世に残した。古文書や石碑がその代表例だが、身近なところでは地名もそうだ。文字や読みに意味が込められ、崖崩れ、洪水などの災害履歴や、埋め立て地などの土地の性質・由来を知ることができる場合がある。徳島県内の地名と災害の関連について探った。

ツエ=崖崩れ/チギレ=堤防決壊‥

2004年の大規模崩壊後、対策工事が進められてきた阿津江の山腹=那賀町

「あの『ツエ』も、こっちの『ツエ』も、2004年の豪雨でできた」

那賀町木頭名(きとうみょう)(旧木沢村)の山上全(あきら)さん(75)は取材中、「ツエ」という言葉を何度も口にした。聞き慣れないが、広辞苑にも「(西日本で)崖。また、山くずれ。くえ」と記載がある言葉だ。言葉通り、山上さんの視線の先には山の崩落現場が幾筋かあった。

04年の豪雨では、木沢で大規模な山腹崩壊がいくつも発生し、2人の犠牲が出た。「家が流されよる。助けてくれ」との声を受け、山上さんも豪雨の中、早朝から奔走した。

大規模崩落の現場の一つが木頭名の隣の集落、阿津江(あづえ)だ。地名に「ツエ」を含む。元建設省職員で、地名研究に尽力した故・小川豊さん(徳島市)は著書「崩壊地名」(1995年刊、山海堂)で阿津江について言及し、「崖崩れの上、崖崩れの辺りを意味する」と、災害との関連性を指摘していた。

県内の市町村が発刊した地域史にも、災害にまつわる数々の地名が記載されている。

例えば、沿岸地域では▽舟城(ふなぎ)(旧由岐町西の地)は津波で舟が打ち上げられ、さばけたものが松の木にかかっていた場所▽笘越(とまごえ)(同町木岐)は大津波があったとき、雨露をしのぐために船を覆う「とま」が流れ着いた場所▽船越(旧海南町浅川浦)は嵐の時、風浪によって船が打ち上げられた―などのいわれがある。

山間部は土砂崩れに関する地名が多い。例えば、杖谷(つえだに)(旧木屋平村)は神社に残る棟札の表記を基に「古くは杖谷ではなく、崩谷が本当だ」と指摘し、再三、小崩落があると記された。ほかにも黒ツエ(旧美馬町)は、「黒」に小高い土地という意味があるとのことで「小高い崩壊地」、チギレ(上板町)は大山谷川の洪水によって堤防が決壊し、度々被害を受けたことによる地名か―などの見解が、それぞれの町村史に記載されている。

名古屋大減災連携研究センター長の福和伸夫教授(地震工学)のグループは09年、東京23区、大阪市、名古屋市のバス停の名称と地盤の強弱の関連性についての調査結果を公表した。バス停名を調査対象としたのは、地域内で数が多く、古くからの地名・通称名が使われているケースがあるためで、地盤の強弱は防災科学技術研究所のデータを用いた。

調査の結果、良好地盤を表すとされる文字を含むバス停より、軟弱地盤とされる文字を含むバス停の方が地震時の揺れは大きいとのデータが得られた。

福和教授は「災害に備えるには、自分の問題と感じることが大切で、生活に身近な地名と災害の関連性を考えるのは有意義だ。災害に負けないためには危険な場所を避けるべきで、どこが危険かを知る必要がある。安全な場所を探すためにも地名は役に立つ」と指摘している。(門田誠)