こばやし・しんさく 徳島市生まれ。名古屋大大学院工学研究科修了。ミツカン(愛知県半田市)に入社し、新商品の開発などを担当。社長だった父親の死去に伴って、04年に小林ゴールドエッグ社長に就任。41歳。
都内の百貨店で開かれた物産展に出店した小林社長。都会の消費者に料理別卵を懸命に売り込んだ=2009年(同社提供)

2006年 卵かけご飯専用の卵発売取引先の一言が契機

 <オムレツ、親子丼・カツとじ、お菓子・・・。さまざまな料理別の専用卵を販売している小林ゴールドエッグ。2006年、社長の小林真作は卵かけご飯専用の卵を発売し、業界を驚かせた>

 「いろいろな食材の業者が売り込みにくるけど、どんなメニューがあるのかを聞いてくれたことはない」。きっかけは、取引先のうどん店の店員がつぶやいた一言だった。うどん店には月見うどん、親子丼、ばらずしの錦糸卵など、卵を使ったさまざまな料理がある。店のメニューを知った上で商品を提案すべきなのに、「いい卵だから」と一方的に売っていた。恥ずかしくなった。そんな経験をした後、社員から、ある種類が「卵かけご飯で食べると特においしい、とお客さんに言われた」と聞いた。じゃあ、その卵を専用として売ってみようとなった。

 <社長だった父親が死去したため、04年に急きょ、従業員約30人の卵卸売会社を継いだ。当時はスーパーなど小売店への販売が半分を占め、経営的には不安定だった。新たな販売方法を考えたのは、社長就任から数カ月たったころだった>

 取引先のスーパーの売り上げに、当社の業績が左右される構造になっていた。依存し過ぎるのは良くないと思っていたところ、売り上げで大きい割合を占めるスーパーが倒産した。全国的に卸売業者の大規模化も進んでいて、このままの経営を続けていれば将来はないと思った。

 <料理別で販売するため、卵の特性を調べた。料理ごとに数十種類の卵を使って香り、味、食感、色の4項目について採点。社員とともに約2年間かけてデータを蓄積していった>

 「究極の卵」があれば、どんな料理にでも合うと思っていたが、大間違いと分かった。生でご飯にかけておいしいのは濃厚な卵、加熱してふわふわになるのは白身の割合が多く食感の柔らかい卵・・・。データを基にして、それぞれの卵に合った売り方をしようと、手始めに百貨店で卵かけご飯専用の販売を始めたが、当初はあまり売れなかった。ただ、一度食べたお客さんが再び買ってくれ、売り上げは徐々に伸びた。この売り方はいけると確信した。

 <07年には、卵かけご飯専用、オムレツ専用などを百貨店やスーパーで本格的に発売。普通の卵より割高だが、本物志向の消費者のニーズをつかんだ。徐々に種類を増やし、同社が扱う83種類の卵のうち16種類が料理別となった>

 卵かけご飯が売れ始めたとき、他社もすぐ追随してきた。ただ、当社は2年間かけて社員と蓄積したデータがあり、それぞれの商品の価値を高めていけば大丈夫と思った。鶏の品種や日齢を限ったり、契約農場に餌を変えてもらったりして品質を向上させた。今では、料理別の卵の売り上げが全体の3割を占める。値下げ競争と一線を画すことで、安定して利益を確保できるようになった。お金をかけた商品が売れるのではなく、ニーズに合った商品が売れる。生産者から、消費者の視点に転換して新たな価値を見いだしたことが、その後の経営に生きている。