かつて徳島は相撲王国だったといわれるが、平成の幕内に名を残すご当地力士は時津洋だけである。徳島場所では横綱、大関に勝るとも劣らない声援が飛んでいた

 34年前の今ごろ、雪の舞う徳島空港から、時津洋となる少年は時津風部屋に入門するため単身上京した。体が大きいとはいえ、まだ15歳。「つらく、心細かった」と後に述懐している

 初めての共同生活。朝4時すぎから、どろどろになるまで稽古が続く。辞めたいけど、辞められない。心中の葛藤を切り払ったのは母校で開かれた盛大な壮行会の記憶だった。故郷に顔向けができない。多くの力士が経験する相撲人生の始まりは時津洋も同様だった

 身長187センチ、体重186キロ。右四つから一気に寄り切る豪快な取り口で、好角家をうならせた

 生まれ育ったのは美馬市脇町のうだつの町並み近くである。観光ボランティアガイドの一人が誇らしそうに「うだつがないのに、うだつを上げたのは脇町劇場と時津洋」と案内していたのを思い出す。墓参も兼ね帰郷した21年前、時津洋もこう語っていた。古里が映画「虹をつかむ男」の舞台になり「うだつが有名になって、とてもうれしい」

 時津洋の吉岡宏典さんが49歳で逝った。土俵を離れてしばらくたつが、願っていたのは自身に次ぐご当地幕内力士の誕生だったに違いない。