甲子園で富岡西高を応援しようとリハビリに励む田村さん(左)と河野さん=小松島市の小松島病院

富岡西高校の祝賀看板を作る住民ら=阿南市の桑野公民館

 春の甲子園に初出場する富岡西高校(阿南市)の晴れ姿を楽しみに、リハビリに励む女性がいる。学校の食堂で長年働き、部員の体力を支えてきた同市桑野町大地の田村フジヱさん(81)。脳梗塞の後遺症で半身まひを抱えながらも「車いすでも甲子園に行く」と決意した。「おばちゃんに勝利を贈る」。部員は日頃の感謝を表そうと必勝を誓っている。

 田村さんは42年前に夫の秀之さんと食堂で働き始めた。約10年前に秀之さんが亡くなってからは息子の信一さん(49)らと切り盛りしている。平日の昼だけでなく、野球部が校内で月1回程度開く合宿時も食事を準備。話し好きで「調子はどうで」「大盛りにしとくな」と常に部員らを励ます。OBの小川浩監督(58)を含め、歴代の部員に慕われてきた。

 昨年11月下旬、食堂で洗い物をしていると突然足が震えて尻もちをつき、起き上がれなくなった。野球部の木村頼知さん(17)と山﨑光希さん(17)=いずれも2年=らに担架で運ばれ保健室へ。病院で脳梗塞と診断され、左半身にまひが残った。12月中旬から小松島市内の病院に入院している。

 1月25日の選抜出場決定は信一さんから知らされた。「死ぬまでに一度は連れて行ってほしかった」と感激の涙を流した田村さん。病院の理学療法士で同校野球部OBの河野圭亮さん(24)=勝浦町=に見守られ、1日3回ほどのリハビリに励んでいる。

 部員は田村さんの復調を願いながら本番に向けて練習に余念がない。山﨑さんは「またおばちゃんのマーボー丼が食べたい。勝って喜んでもらいたい」と気合十分だ。

 孫のようにかわいがってきた部員の初舞台。田村さんは「憧れのアルプススタンドから声援を送りたい」。昨秋、チームから贈られた野球部の帽子をかぶり、聖地に乗り込む。

 地元球場に祝賀看板

 富岡西高校が選抜高校野球大会に向けて阿南市桑野町のJAアグリあなんスタジアムで最終調整するのに合わせ、地元住民が26日、スタジアムに掲げる祝賀看板を作った。同校は3月16、17の両日、スタジアムで県内外のチームと練習試合などを行う。

 住民有志7人が桑野公民館に集合。書道歴30年以上の桑田次雄さん(88)=同市桑野町山路、農業=が筆を執り、縦3・2メートル、横0・8メートルの紙に「祝 甲子園出場 富岡西高校」と墨書した。板に貼り付けて、15日にスタジアム入り口に設置する。

 市の誘致を受け、8~12日にスタジアムで直前合宿する北信越代表の啓新高(福井県)の歓迎看板も作った。

 2011年に市が誘致を始めて以来、看板作りを手伝っている桑田さんは「地元の高校の看板を作る日が来るなんて夢のようだ。必勝を祈って心を込めて書いた」と話した。