26歳で夭折したシンガー・ソングライター尾崎豊さんの唯一無二のピアノが、富山県の文化施設に常設展示される―と小紙夕刊にあった。特定の1曲を演奏する時だけ使ったという。代表曲の一つ「卒業」である

 感傷的なバラードではない。ギター姿の印象が強くなぜこの曲だけピアノだったのか、謎だ。激しい歌詞を、なぜ鍵盤をたたきながら叫んだのか。<ひとつだけ解ってたこと/この支配からの卒業>

 この一節を聞くと、埼玉県の高校でかつて起きた「二つの卒業式」を思い出す。生徒と校長が式の在り方を巡って対立し、それぞれが式を主催した騒動

 「式辞の多い形式的な卒業式でなく、手作りの式をやりたい」と望んだ生徒会。教師も応え半年前から準備していたところ、校長が待ったをかけた。「日の丸、君が代など、学習指導要領に沿った形で厳粛清新に行う」と

 両者一歩も引かず、卒業生の大半は従来の式をボイコット、生徒会主催へ出席した。自主的に決めて協力し合った生徒への支持と、奔放な行動を適切に制限したとする校長への支持。当時は生徒派が多かったと記憶するが、20年後のいま起きたなら、世論はどう評価するだろう

 本県の高校生も巣立ちの時季である。卒業式を心に刻めているだろうか。「卒業」って何? 尾崎さんに倣い考えてみるのもいい。