罪もない人の命を奪う無差別テロを防ぐために、何をすべきか。私たち一人一人が考えさせられる事件だった。

 13人が死亡し、6千人以上が重軽症を負ったオウム真理教による地下鉄サリン事件から20年が過ぎた。重い後遺症に悩む被害者は多く、遺族の悲しみは癒えることがない。

 卑劣極まりないオウム真理教のテロを、あらためて強く非難する。

 世界は今、イスラム過激派などの爆弾や銃器によるテロの脅威に直面している。化学テロもいつ起きるか分からない。事件の教訓を、テロ対策に生かさなければならない。

 事件は1995年3月20日の朝、起きた。教団の幹部5人が、東京の営団地下鉄(現東京メトロ)霞ケ関駅を通る3路線5車両で、猛毒のサリンが入った袋を突き破り、拡散させた。

 その後、逮捕されたオウム真理教の松本智津夫死刑囚=教祖名・麻原彰晃=らの死刑が確定した。逃亡していた元信者の高橋克也被告は、東京地裁で公判が続いている。

 事件は、教団に対する警視庁の強制捜査を阻止するのが目的だったという。

 大きな問題は、一連の確定判決で、ほとんどの事件を主導したと認定された松本死刑囚が、一審の公判途中から沈黙を続けたことだ。自ら「ポア」と呼ぶ殺人を正当化し、サリンを製造するなど凶悪化していった明確な動機は、闇の中である。

 化学テロが残した教訓は大きかった。発生当初、サリン検出の情報は警察と消防の間で共有されず、ニュースで検出を知った消防隊員もいた。化学テロに対処する機材の不備も浮き彫りになった。

 これらの課題に対応するため、政府はテロ発生時などに省庁間の情報共有や初動措置の総合調整を行う内閣危機管理監を設置した。複数の都道府県が絡む犯罪で、管轄を越えた捜査も可能になった。全国の機動隊には、毒ガスの防護服や検知器が配備された。

 危機管理体制や装備が向上したのは心強い。

 最も重要なのはテロを起こさせないことだ。

 教団はオウム真理教から改称した「アレフ」と「ひかりの輪」に分裂。現在も事件を知らない若者らを対象に、勧誘を活発化させている。

 アレフでは、松本死刑囚の誕生を祝う「生誕祭」が開かれるなど、警察当局や公安調査庁は「教団は今も麻原を崇拝しており、再び無差別殺傷テロを起こす危険性は変わらない」として警戒を強める。

 徳島県内では、徳島市のマンションの一室に四国で唯一の「アレフ」の拠点施設がある。公安関係者らによると、かつては数人の信者が暮らしていたが、2012年ごろから居住者は確認されていない。月1回程度、関西から信者が訪れ、四国の在家信者への指導をしているという。

 両団体とも団体規制法に基づく観察処分の対象団体だ。警察や公安調査庁など関係機関はもちろん、市民もその動きに注意を払う必要がある。

 テロ防止には、国境を越えた連携と情報交換が欠かせない。日本人をテロの犠牲にした中東の過激派組織「イスラム国」が、外国から義勇兵を集めるのは国際的な問題だ。

 危険な集団がなぜ若者を引きつけるのか。オウム真理教事件の闇を解明しなければならない。