安全保障関連法案の審議が参院で始まった。

 戦後の安保政策を大転換し、平和主義と専守防衛の理念を変容させかねない法案である。衆院では議論が深まらないまま、与党が採決強行に踏み切った。法案に対する疑問は多く残されている。

 「良識の府」である参院はそれらを突き詰め、問題点を明らかにする責任がある。国民の負託に応えられるよう、野党は厳しく追及してもらいたい。

 安倍晋三首相は審議入りに当たり「丁寧な説明」を心掛けるとし、「必ずや国民に正しく理解してもらえる」と自信を示した。

 だが、これまでのやりとりを見ると、衆院審議と同じ答弁の繰り返しが目立つ。

 集団的自衛権の行使は憲法違反との指摘について、首相は1959年の最高裁砂川事件判決を引用し、合憲だと重ねて主張した。多くの憲法学者が集団的自衛権とは関係ないとする判例を、また持ち出してきたことに驚かされる。

 存立危機事態の定義も曖昧なままだ。集団的自衛権の行使の事例に挙げる米艦防護に関し、具体的な状況を問われた首相は「さまざまな要素を総合的に判断する」などとかわし続けた。これでは、国民の理解は得られまい。

 行使例で首相が強くこだわってきたのが、中東・ホルムズ海峡での機雷掃海である。衆院ではイランによる機雷敷設に言及したが、参院では特定の国を想定しているわけではないと修正した。

 イランが米国などと核協議で最終合意し、さすがに非現実的と判断したとみられる。

 だからだろう。首相は、中国の海洋進出や北朝鮮の核開発の脅威を前面に打ち出し始めた。これらの動きへの備えや対処が必要なのは言うまでもないが、なぜ個別的自衛権ではだめなのか。

 首相は、法案成立により抑止力が高まり「日本が攻撃を受けるリスクは下がる」とし、一日も早い法整備が不可欠と述べている。

 しかし、日中間では、偶発的衝突を回避する「海空連絡メカニズム」の協議が進んでいる。脅威を訴えて緊張を高めるより、こうした動きこそ加速させるべきだ。

 参院審議入りの直前には、安保法案に関して「法的安定性は関係ない。わが国を守るために必要かどうかを気にしないといけない」との発言が、礒崎陽輔首相補佐官から飛び出した。

 礒崎氏は首相側近である。憲法解釈の継続性を軽視したような発言は言語道断だ。

 菅義偉官房長官は「誤解されるような発言は慎まなければならない」と述べたが、礒崎氏の発言は、危機感をあおる政府の姿勢と軌を一にしているように見える。

 礒崎氏は、安保法案の参院審議を「9月中旬までには終わらせたい」とも語ったが、とんでもない話である。

 国民への説明責任を果たせないなら、廃案にすべきだ。