犠牲者520人を数え、単独の航空機事故として世界最悪となった日航機墜落事故は、あすで発生からちょうど30年になる。

 多くの教訓を得て再発防止を誓ったにもかかわらず、日本各地の空港などで、大惨事につながりかねないミスが後を絶たない。旅客機の運航関係者は、安全第一の原点に立ち返らなければならない。

 事故は1985年8月12日夕に起きた。乗客ら524人を乗せた羽田発大阪行きの日航機が、群馬県上野村の「御巣鷹の尾根」に墜落した。

 原因は、機体後部にある圧力隔壁の修理ミスとされている。それを点検で見逃したことが大惨事につながった。浮き彫りになったのは、修理や点検の重要性だ。ミスの重なりが大惨事につながったことを、肝に銘じてもらいたい。

 修理の経緯は、担当した米ボーイング社作業員の聴取が実現せず、現在も不明だ。

 その修理状況を撮影した未公開の写真が先日、明るみに出た。遺族らでつくる「8・12連絡会」事務局長は、作業員に対して「何を見て何が起きたのか、話をしてはくれないだろうか」と訴えている。

 愛する家族の命を奪った事故の原因や背景を知りたいという思いは、今も強い。当時を知る関係者は真実を隠すことなく公表し、遺族の切実な心情に応えてもらいたい。

 事故では徳島県出身者10人も犠牲になった。遺族は事故機に乗り合わせた不運を嘆き、30年前の夏をいまだに思い出すという。

 そんな遺族の心をつなぐものの一つが、毎年8月12日の御巣鷹山の慰霊登山である。

 吉野川市出身の夫を亡くした妻=千葉市、徳島市出身=はこれまで、マスコミの取材を断ってきた。しかし「郷里の人に主人のことを知ってもらいたかった」と、初めて徳島新聞の取材に応じた。慰霊登山について「主人に会えるような気がする、特別な場所」と話し、今回も参加するという。

 慰霊登山で、遺族が励まし合い、心を癒やしてほしいと願わずにはいられない。

 事故以来、日本の航空各社は乗客が死亡する事故を起こしていない。だが、トラブルやミスは続き、安全が十分担保されているとは言い難い。

 記憶に新しいのは、徳島空港や那覇空港でのトラブルだ。徳島では、着陸しようとした日航機が滑走路上の作業車を発見し、再上昇した。那覇では、滑走路で加速中の全日空機の前方を航空自衛隊のヘリが横切った。いずれも管制指示のミスや聞き間違いで起きたとみられている。

 気の緩みととれる不祥事が日航に相次いでいるのも問題だ。6月には機長が飛行中、操縦室で客室乗務員と記念撮影し、先月には、誘導路を滑走路と間違って加速した機長が会社への報告を怠った。

 航空関係者は、事故の悲惨さをいま一度胸に刻み、トラブルやミスの防止を徹底しなければならない。