今年もまた、この季節がやってきた。徳島の街が熱気と歓喜に包まれる阿波踊りの夏である。

 踊る阿呆も見る阿呆も、きょうから15日までの4日間、心ゆくまで乱舞を楽しみ、踊り天国を堪能してほしい。

 戦後70年の今年、あらためて胸に刻みたいのが平和の尊さである。

 阿波踊りは、日中戦争が始まった1937年に中止となった。本格的に再開したのは終戦の翌年の46年だった。

 徳島市街は空襲で焼け野原となり、食料も満足にない時代。重苦しい空気を吹き飛ばそうと市民が声を上げ、進駐していた連合国軍総司令部(GHQ)に掛け合って許可を得たのが、戦後の阿波踊りの出発点となった。

 人々は寝間着などの粗末な衣装で繰り出し、焼け残った三味線や小鼓を鳴らして浮かれた。かみしめたのは、久しぶりに踊れる喜びと、抑圧から解放された自由のありがたさだったに違いない。

 それから数えて今年で70年目。飽くなき情熱で技を磨き、阿波っ子の心意気で交流の輪を広げてきた阿波踊りの歩みは、戦後・徳島の復興の軌跡と重なる。

 踊りは今も進化を続けている。きのう、徳島市内のアスティとくしまで開かれた選抜阿波踊り大会前夜祭では、33の有名連の約700人が、斬新な趣向で観客の目を引きつけた。

 福島県の踊り連を招いた昨年に続いて、東日本大震災復興支援イベントと位置付け、宮城県の仙台すずめ踊り選抜チームも舞台に上がった。息長く続けたい試みである。

 阿波踊りの楽しさは国境を軽々と超え、徳島と海外との友好を深める原動力にもなってきた。

 今年はモンゴルの歌舞団やバングラデシュの舞踊団、韓国の伝統舞踊団、徳島市の姉妹都市であるポルトガル・レイリア市のボーイスカウト一行が演舞場やおどり広場に踊り込む。

 来年はパリで阿波踊り公演が計画されており、現地の関係者らがきのう、視察のために来県した。

 踊りが結ぶ縁を大事にして、陽気なリズムと温かいもてなしで遠来の客を迎え入れたい。

 日本を代表する祭りになった阿波踊りだが、次の世代に継承していく努力も怠ってはならない。

 それぞれの連や地域、企業の取り組みとともに、鳴り物教室や有名連が小学校で踊りを教える出前講座などは心強い活動である。今後も地道に続けてもらいたい。

 きょうの徳島新聞の別刷り特集に、瀬戸内寂聴さんのこんな言葉が載っている。「阿波踊りができるのは、平和であるということ。阿波踊りが続けられる平和を、維持しないといけない」

 その通りである。これからも途切れることなく、踊り絵巻がつづられていくよう願ってやまない。