70回の節目を迎えた徳島県最大の公募展「県美術展(県展)」が、徳島市のあわぎんホールで始まった。

 終戦の翌年に創設された県展は、戦争で傷ついた県民を励まし、今では総合美術展となって、徳島の文化の発展に大きな役割を果たしている。

 ここまで育ったのは、県美術家協会の関係者や出品者、会場に足を運んできた県民のおかげである。長年の尽力や熱意に敬意を払うとともに、伝統ある県展がさらに発展するよう望む。

 第1回は、1946年11月に徳島新聞社の主催で開かれた。洋画、日本画、写真の3部門でスタートし、現在の7部門になったのは71年の第26回からだ。

 部門数の増加と呼応するように出品点数も伸びた。82年の第37回には2千点を突破し、第50回には3300点を超えた。

 県展は、日本経済の発展に歩調を合わせて成長してきた。美術が県民の心を潤し、美術愛好家の裾野を広げてきたのだ。

 県展の特徴の一つは、第1回から続く公開審査である。県外から招いた当代屈指の芸術家が作品だけを見て公正に審査する。過去の審査員には、秋野不矩氏(日本画)や絹谷幸二氏(洋画)らそうそうたる作家の名が連なる。

 一流の芸術家を間近で見ることができるのは、出品者にとって大きな魅力だ。審査評などから、自分の作品の長所や短所を理解できる。制作への励みにもなるだろう。

 県展は、全国的に活躍する作家も輩出してきた。日展の審査員を務めた日本画家の市原義之氏や、写真家の三好和義氏も県展育ちだ。

 2人とも若くして県展で特選を受賞し、それをステップに大きな舞台へ羽ばたいている。県展が宝石の原石を掘り起こした功績も忘れてはならない。

 一方、展示スペースの狭さが長年の悩みだ。そのために、入賞・入選数を制限せざるを得ない状況だった。

 県美術家協会の河崎良行会長は「これから芽を出す若手が落選する場合もあり、もったいない」と対策に心を砕く。今年は2期だった会期を3期に分け、各部門の展示スペースを広げる工夫をした。

 出品者の高齢化も大きな課題である。そこで、次代の担い手を育てる取り組みとして、2005年には「県こども美術展(こども県展)」を始めた。

 今年は、絵画と書写に小中学生から1万4千点が出品された。入選・入賞作は今月、あわぎんホールで展示され、阿南市と美馬市を巡回する。

 自分や友達の作品を会場に見に行く人は多いだろう。大人から子どもまで美術の素晴らしさを知ってもらうことが、技術や水準の向上につながるはずだ。

 時代を先取りしながら、さまざまな課題に立ち向かい、県展の次の10年を確かなものにしてもらいたい。