20年という歳月は何と長く、重いものなのか。

 無期懲役刑の執行停止を受け、刑務所から出てきた青木恵子さんと、同居相手だった朴龍晧(ぼくたつひろ)さんの様子は、容疑者や被告として報じられた写真の印象とは全く違っていた。

 大阪市東住吉区の家で青木さんの長女の小6女児を殺したとして、2人が殺人や放火などの容疑で逮捕されたのは1995年のことだ。一審段階から無実を訴え、大阪高裁が再審開始を決定、ようやく釈放された。

 検察は特別抗告を断念するのは当然である。高裁の決定を見ると冤罪(えんざい)の可能性が高く、これ以上争うことは正義に反するからだ。

 捜査に問題があったことも浮かび上がっている。警察、検察は決定を謙虚に受け止め、その在り方を見直さなければならない。

 確定判決は、2人が火災事故を装って女児の死亡保険金をだまし取ろうと計画。朴さんが自宅の土間兼車庫の床にガソリンをまいて放火し、入浴中だった女児を焼死させたとした。

 決め手となったのは「車庫でガソリン約7・3リットルをまき、ライターで火を付けた」という朴さんの自白である。

 しかし、弁護側の再現実験で、ガソリンをまき終える前に風呂釜の種火から引火して火の海となり、やけどを負わずに放火することはできないことが分かった。

 自白の信用性が否定されたわけだが、朴さんはなぜそんな供述をしたのか。

 大阪高裁は「取調官が度々大声を出した」と指摘し、朴さんも「警察の取り調べは地獄だった」と語っている。

 自白の強要や誘導は、多くの再審事件で問題となってきた。自白偏重の捜査手法が冤罪の温床になっているともされる。今回もそうだったとすれば許されないことだ。取り調べは適切だったのか、厳しく検証する必要がある。

 取り調べの録音・録画(可視化)も始まっているが、対象になる範囲は狭い。もっと広げるよう求めたい。

 高裁は決定で、車の給油口からガソリンが漏れ、種火に引火する自然発火の可能性を指摘した。だが、それは当初から言われていたものだ。

 弁護側が再現実験をしたのは火災から16年後、検察側の実験はさらに2年も後だった。捜査を尽くさなかった警察、検察の責任は重い。

 そればかりか、検察は、朴さんの車に給油したガソリンスタンドの店長が、満タンになった後も給油し続ける「追い足し」が店員の間で常態化していたとの証言を、長い間開示しなかった。

 自然発火を疑わせる証言であり、不利な証拠を出さない検察の姿勢は変わっていない。証拠開示の在り方を改める法整備が求められる。

 釈放後、青木さんは「20年はいくら謝ってもらっても取り戻せない」と話した。冤罪を生む土壌をなくさなければならない。