熱心に打撃指導をする坂東さん(左)=阿南市のあななんアリーナ

守備練習で審判を務める森口さん(左)=富岡西高

 創部120年目の節目に、21世紀枠で悲願の甲子園出場を果たした富岡西高野球部。「野球のまち」を掲げる阿南市から甲子園に挑むナインへの期待は大きい。野球部OBや卒業生らの思いを伝える。

 「バットを45度くらいに寝かせて」。富岡西高の野球部員に手取り足取り指導する坂東徹さん(80)=小松島市間新田町。3年前から、週5日はグラウンドに足を運ぶ。

 坂東さんはかつて、同校野球部で主将を務めた。当時は河川敷に飛んだファウルボールを拾いに行ったり、毎日ボールを持ち帰って手縫いで修理したりと、施設や道具は十分でなかった。指導者がいない時は自分たちでノック練習をしていたこともあり、「とても甲子園を目指すようなチームではなかった」と振り返る。

 龍谷大を卒業後、教員として県立水産高を皮切りに阿南工業高、徳島商業高で社会科を教えながら、硬式、軟式野球部の部長や監督を38年務めた。野球部長を長年務めた徳島商業高では、川上憲伸さんらを率いて春夏合わせて9回、甲子園の土を踏んでいる。

 赴任する機会のなかった富岡西高とは疎遠になっていた。5年ほど前から試合を見に行くようになり、「母校を強くしたい」と小川浩監督に指導を買って出た。

 「子どもたちが成長する姿を見られるのが何よりうれしい」と目を細める坂東さん。年齢を感じさせない気迫のこもった指導に、大谷圭吾選手(2年)は「打撃フォームを細かく修正してくれるので感謝している。甲子園で1勝して恩返ししたい」と意気込む。

 若手のOBもグラウンドで選手を支える。審判員の資格を持つ森口丈暢さん(28)=阿南市新野町、会社員=は、3年前から12~2月の週末の練習に参加。紅白戦の主審や守備練習の塁審を務め、練習に緊張感を与えている。

 森口さんが富岡西高の2年生だった2007年、秋の県大会で準優勝した。四国大会は1回戦を勝ち、21世紀枠の四国地区候補に選ばれたものの落選。多くの報道陣を前に「残念ですが・・・」と切り出す校長の姿を今でも鮮明に覚えている。人生の節目で悩んだとき、落選の悔しさを思い出して気持ちを奮い立たせている。

 それだけに後輩の甲子園出場が1月25日に決まるまでは、不安でいっぱいだった。無事に選ばれて胸のつかえが取れたという。

 森口さんにも目標がある。甲子園で審判員を務めることだ。選抜大会の勝利を目指して頑張る後輩に刺激を受けており、「自分たちの分まで存分にプレーしてきてほしい」と話す。