森鷗外の「高瀬舟」は、安楽死の概念を日本で初めて紹介した作品とされる。世に出たのは1916年。場面は桜が散る春の夕というから、季節は幾分先の頃になる。舟が運ぶのは、島流しの刑を受けた喜助

 喜助は、病気を苦に自刃を図ったものの死にきれずにいる弟に懇願され、息の根を止めた。罪は弟殺し。命を奪った結果に疑いはないのだが、告白を聞いた護送役の武士は疑問を抱く。<これが果たして・・・人殺しというものだろうか>

 安楽死や尊厳死を考える題材として度々用いられてきた。ならば、最近起きたこの事案に照らすとどうだろう

 東京の公立病院が腎臓病患者の人工透析治療を中止し、患者が死亡した。患者は闘病がつらいと訴え、医師や家族と話し合い透析治療を続けないと決断、同意書にも署名していたという

 ただ、亡くなる前日には透析再開を望む意向を示したともされる。死が見えてきた時、平静さを保っていられるだろうか。判断が乱れることだってあろう。病院はそんな患者に向き合ったのか

 医師でもある鷗外は自作解説で<容易に杓子定規で決してしまわれる問題ではない>と主張した。この病院では先の患者のほかに約20人が相談後に透析を見送り死亡したとの情報もある。高瀬舟から1世紀余、どうも杓子定規に映る病院の対応には疑問符が付く。

 2019・3・20