不世出の大選手が、ついに一線を退くことになった。華麗なプレーが見られないと思うと寂しさを禁じ得ない。

 米大リーグ、マリナーズのイチロー選手が21日の東京ドームでの試合終了後に現役引退を表明した。「50歳現役」を目標にしていただけに、45歳での突然の引退に驚いたファンも多いだろう。

 日米合わせて28年に及ぶイチロー選手の現役生活は、平成とほぼ重なる。その平成が幕を閉じる年に、しかも、日本でのプレーで終止符を打った。ファンを大切にしてきたイチロー選手の心遣いだったのかもしれない。

 それにしても、偉大な足跡だ。日本人野手として初めて大リーグに挑戦し、超一流選手に上り詰めた。日米通算最多の4367安打を記録するなど、業績は枚挙にいとまがないほどだ。

 野球ファンのみならず、幅広い層に感動と夢を与えた。長年にわたる活躍をたたえるとともに、感謝したい。

 イチロー選手は、20歳の頃から走攻守の全てで高いレベルを維持してきた。努力のたまものである。

 1992年にプロ野球オリックスに入団。2年間は目立った活躍もなかったが、オフでも寮に残り、一人でマシン打撃に励んだ。

 94年に210安打を放って初めて首位打者を獲得、2000年まで7年連続首位打者となり、球界を代表する選手になった。それでも慢心せず、ナイター終了後も寮の室内練習場でバットを振り込んでいたという。

 大リーグに移ってからも野球に打ち込む真摯な姿勢は変わらなかった。誰よりも努力を重ね、持ち前の才能を最大限に生かした。

 マリナーズに入った1年目の01年、シーズン200安打を目標に掲げ、04年にはメジャー新記録の262安打を放ち、10年連続で200安打を達成。16年には通算3千安打に到達した。

 卓越したバットコントロールと俊足で数々の金字塔を打ち立てる一方、守備や走塁でも魅了した。

 外野からの鋭い送球はオリックス時代から群を抜いていた。メジャーでも強肩は際立っており、一直線に伸びる送球は「レーザービーム」と称された。走塁でも、日米で1度ずつ盗塁王を取るなど通算で708盗塁を記録した。

 イチロー選手は12年にマリナーズからヤンキースに移籍した。トレードでの獲得に関わったゼネラルマネジャーが「世界が目撃した最高の野球選手の一人」と絶賛したのもうなずける。

 イチロー選手の勇姿に憧れて、野球を始めた少年や少女は少なくない。引退後もその背中を追って、大リーグに挑む選手が次々と現れるに違いない。

 今後についてイチロー選手は明確にしていないが、できるなら日本球界に戻り、「第2、第3のイチロー」を育ててほしい。