「後悔などあろうはずがない」。こうした言葉には通常、それとは別のにおいが、かすかに混じるものである。しかし、この人の場合は違った。引退会見のやりとりから伝わってくるのは、何事かをやりきった、すがすがしさばかり

 米大リーグのイチロー選手がバットを置いた。一つの時代が終わった、との感慨をもって、引退を受け止めた人も多いだろう。活躍の期間はおおむね、残り1カ月余の平成と重なるから、なおさらだ

 日米28年の業績を記すには、この小さな欄ではとても足りない。ここでは4367本の通算安打記録を挙げるにとどめる。果たして将来、これを破る選手が現れるだろうか

 自分の名を冠した学童野球大会で、イチロー選手はこんなことを言っている。うまくいかなかった回数は、打ったヒットの倍以上。<失敗から、たくさんのことを学んでほしい>(「イチロー262のメッセージ」ぴあ)

 イチローは一日にしてならず。少なくとも8734回の失敗が、不世出の選手を育てたのである。ファンの笑顔を無上の喜びとした求道者は、失敗を糧に、ひたすら自らの野球像を追いかけた

 平凡な内野ゴロをヒットにする俊足と、進塁を阻む強肩と。常にドラマの種を宿した、イチローと呼ばれた男が、本名の鈴木一朗に戻る。どんな後半生を送るのか、興味深い。