7月17日付の別刷り「阿波藍&写楽特集」で紹介した、ライター・編集者の橋本麻里さんのインタビュー。web版では、紙面未掲載部分も加えた特別編を公開します。橋本さんといえば「春画ブーム」の火付け役。写楽と春画や、現代に根付く江戸文化まで、幅広く聞きました。

橋本麻里さん

浮世絵は日本における初めてのポップアートです。それまで美術品はオーダーメードだったけれど、浮世絵は木版で同じものが大量に作れて価格も安く、相撲や芝居、風景など庶民もよく知っているものを描いている。いわば情報伝達媒体であり、アートでもありました。

外国人や現代の若者など、日本文化の知識がない人にも分かりやすいのが、浮世絵がポップアートたるゆえん。すでに伝統から断ち切られてしまった現代の私たちにとっても親しみやすいものなんです。

華やかな浮世絵は、江戸時代を通じて描かれていたイメージがありますが、黄金期は江戸時代後期。浮世絵の歴史をたどると、最初に肉筆画があり、その後、単色や2、3色の素朴な木版の浮世絵が生まれ、鈴木春信の出現とともに、錦絵と呼ばれる豪華でカラフルな浮世絵版画が発明される。写楽は錦絵の時代、喜多川歌麿、葛飾北斎、歌川広重らが次々登場した浮世絵黄金期に現れました。

何より特徴的なのは、ほかの絵師とは全く異なる描き方で役者絵を描いたこと。写楽の作品は、役者を美化、理想化するのではなく、キャラクターを掘り下げながら、ネガティブな部分さえ含んでしまったところに、リアリティーがありました。

現代の私たちは絵を絵として見て、その魅力を評価しています。しかし描かれた当時、購買者は舞台上の実在の役者に熱狂しているわけですから、いつも魅力的であってほしい役者のファン心理として、欠点さえ描き出してしまった写楽の絵は受け入れ難かったようです。ですが、観客が常に役者に理想像を求めていたわけではなく、時代とともに歌舞伎そのものも変わっていきました。

元禄文化の頃(17世紀後半から18世紀初め)、歌舞伎の演目は華やかでダイナミックな荒事、アクションスター的な役者に人気が集まっていました。それが文化の爛熟期である文化文政時代(1804~30年)になると、風俗や人情を描いた演目、見た目の華やぎより内面を掘り下げる演技のできる役者がもてはやされるようになります。

その時代を先取りしていたのが写楽だったといえるかもしれません。写楽は歌舞伎が変化するより前の1794年頃、人間性をえぐり出すような表現を絵画世界で成し遂げてしまった。それがもし文化文政期にぴったり重なっていたら、大人気絵師になっていたかも、と想像することは可能でしょう。

東洲斎写楽「嵐龍蔵の金貸石部金吉」(中右コレクション)

「嵐龍蔵の金貸石部金吉」は、役柄に扮した役者を描きながら、役者そのものの味が出た写楽らしい作品です。この役者は明るい芸風だったようで、悪役ながら役柄に引きずられてはおらず、極悪人に見えない。役者の個性をうまく拾っていますね。

写楽の大首絵の背景は、雲母摺り(きらずり)という、現代風にいうなら贅沢な「特殊印刷」です。単純化することで個性を際立たせた人物と、それを華やかに浮き上がらせるメタリックカラーの背景、という組み合わせは、アニメのセル画や漫画と非常に近い表現技法のように思えます。若い人の感覚にも合うのではないでしょうか。

雲母摺りは、図録などの印刷物では見えにくいので、ぜひ間近で実物を味わってほしいところです。視点を動かしてさまざまな角度から眺めると、雲母の名残を見ることができますよ。

写楽が注目されたのは、大胆な構図の作品だけではありません。わずか10カ月間だけ活躍し、本名も分からない、謎に包まれところが、後世の人の関心をかきたてました。写楽の正体についてはさまざまな人が多彩な説を出して盛り上がりましたが、現在は「阿波侯お抱えの能役者斎藤十郎兵衛」でほぼ間違いないだろうという結論が出ています。

「阿波侯お抱えの能役者」というのは要するに県職員です。能楽は武家の式楽(儀式に用いる芸能)なのでフォーマルなもの。対して、当時は歌舞伎という芸能そのものが、風紀を乱すいかがわしい仕事と見なされていました。万が一身分が明らかになれば、自分だけではなく、阿波侯にも迷惑が掛かってしまうため、名前を出すことができなかったんでしょう。

盛り上げるための話題作りではなく、シークレットでなければまずかった。それが後世には謎だけが残り、「なぜプロデューサー(版元)の蔦重(蔦屋重三郎)は写楽の正体を伏せたんだろう?」と気になってしまう。そこまでプロデュースするか!? と深読みしたくなりますよね。

浮世絵が描かれた当時、歌舞伎役者は今で言うアイドルグループのメンバー、相撲はアクションスターのような存在で、熱狂した人たちは、扮装やメーク、着物の紋などを見ると、名前や役柄がなくても誰を描いたものか分かりました。絵にはたくさんの情報が入っていて、その符丁を楽しんだわけです。

今はそういう時代ではありません。鑑賞する時は、純粋に、人物表現の面白さや一目でつかみ取れるキャラクターを楽しんでほしい。現代の私たちは、かつて欧米の人たちが作品の背景を全く知らないまま、その魅力にとらわれたのと同じ目で見ているはずですから。

【以下紙面未掲載】

◆写楽と春画

春画とは、性風俗を描いた浮世絵。春画専門の絵師がいたと思われがちですが、北斎や歌麿をはじめとする、ほぼすべての浮世絵師が描いていました。春画は、浮世絵師たちの仕事の一部なんです。

春画をテーマとした書籍を作るに際して、有名どころの浮世絵師の春画について、ひととおり調べたのですが、写楽は春画を一枚も描いていない──少なくとも今は発見されていません。ほぼすべての絵師が春画を描いていたにもかかわらず、一人だけそれがないので、特異な人だな、というのが写楽の印象です。もし写楽の春画が発見されたら大ニュースですが、10カ月の活動期間で140点余りの作品を発表するような忙しさでしたから、春画まで描くような時間はなかったのでしょう。

それに、仮に写楽の春画が見つかったとしても、グっとこないというか、あまり上手じゃなさそうな気がします(笑)。少なくとも美人画で有名な歌麿のようにはいかないでしょう。名女形で有名だった瀬川菊之丞も、写楽の手にかかると、お世辞にも「美しい」とは言いにくい。「あまりにも真」に描きすぎる、と評された写楽だけに、美男美女が売りの役者については、ファンが抱く理想像を壊すような方向で描いてしまうのでしょうね。

◆浮世絵に描かれた江戸文化

歌舞伎は登場人物やテーマが庶民的で、観劇に出かけることも、ブロマイドにあたる浮世絵を買うことも、現代風にいうと、アイドルグループのメンバーに熱狂する感じに似ています。

歌舞伎同様に浮世絵のテーマとなった相撲も、庶民の娯楽であり、力士はアスリートであるのと同時に、アクションスターでもありました。現代も相撲は根強い人気がありますが、当時はそれ以上。そもそもが神事であるため、力士はエンターテイナーでありながらある種の聖性を帯びた存在として、憧れと熱狂の対象になりました。

現代でも、相撲や歌舞伎は江戸文化の雰囲気を色濃く残しています。国技館へ行けば、グループ席に陣取って、飲んだり食べたりしながらゆっくり取り組みを楽しむことができる。敷居が高いと思われがちな歌舞伎も、現代のお芝居の観劇スタイルと違う、大らかな部分も多く残っています。浮世絵を見るだけでなく、実際に足を運ぶことで、江戸時代の庶民の世界をタイムスリップして体験するような、楽しさが味わえるはずです。

【はしもと・まり】日本美術を主な領域とするライター、編集者。永青文庫副館長。新聞、雑誌への寄稿のほか、美術番組での解説も。著書に「京都で日本美術をみる【京都国立博物館】」「橋本麻里の美術でたどる日本の歴史」(全3巻)、共著に「浮世絵入門 恋する春画」などがある。

浮世絵展「写楽・歌麿とその時代」は8月4日から22日まで、徳島市のあわぎんホールで開催。問い合わせは徳島新聞社事業部〈電088(655)7331〉。

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