震災の記憶を次代に引き継ぎ、教訓を防災・減災対策やまちづくりに生かす。私たちに課せられた責務である。

 午前5時46分、兵庫県・淡路島北部を震源にマグニチュード7・3の直下型の大地震が発生した。阪神大震災からきょう22年を迎えた。

 6434人が亡くなり、負傷者は4万3千人以上を数えた。被害家屋数は約64万に上る戦後有数の大規模な都市災害となった。

 一人一人の命はかけがえのないものである。家族や知人を失った悲しみにしっかりと寄り添いながら、防災への誓いを新たにしたい。

 震災から5年、10年と、歳月が過ぎ、壊れた建物や道路は次々に再建し、修復されていった。被災した街並みがすっかり変わり、復興した今、震災の爪痕が残る場所はほとんど見られない。

 阪神大震災を知らない若者が増える中で、心配されるのは被災地に刻まれた記憶が風化していくことである。

 震源地となった淡路市にある北淡震災記念公園の「野島断層保存館」を訪れる人も、近年減っている状況だ。

 ずれた断層そのものを見学できる貴重な施設で、オープンした1998年度は280万人を超えた。だが、99年度には約119万人に減り、2015年度は15万8千人と、開館当初のわずか5%程度にとどまったという。

 防災意識を高めていくためには、震災の遺構に触れ、自然の脅威や地震が起きるメカニズムを肌で感じることも大事である。

 昭和南海地震から70年が過ぎ、南海トラフ巨大地震の発生が懸念される本県も、防災対策に終わりはない。

 予算や人員面で「公助」に限りがある中、課題となるのは、昨年4月に起きた熊本地震でも重要性が再認識された「自助」「共助」への意識の醸成だろう。

 この点で、防災教育・活動に取り組む学校や団体が増えてきたのは心強い。

 中でも、阿南市の津乃峰小は、児童に事前告知しない避難訓練を年15回程度実施し、学校から約1・2キロ離れた高台にある高速バス会社の駐車場のバスを避難場所にする訓練を年2回行っている。

 児童が学校近くの保育所に出向き、避難の大切さを教える出前教室も開くなど地域との連携も大事にしている。

 こうした活動が評価され、第12回「ぼうさい甲子園(1・17防災未来賞)」(兵庫県など主催)で、小学生部門の最高賞「ぼうさい大賞」に選ばれた。

 子どもの頃から、地域防災を担う自覚を持ち、災害時に「助けられる」側から「助ける」側になることを目指す新しい防災教育も、十分に進める必要がある。

 災害が起きれば、地域での助け合いなどで中心になるのは若者であり、働き盛りの世代である。災害時の支えになるような関係を築いておくことが大切だ。