三好市出身の脚本家向井康介さんに、日々の暮らしで感じた思いや創作に臨む際の心構えなどを月1回つづってもらう。

向井康介さん

【第2回】上京の友人と地酒

東京都内の自宅で仕事をしていたら三好市在住の西崎健人君から連絡があった。4月15日に東京・日本橋で行われる日本酒利き歩きイベントに、三好市の三芳菊酒造が出店するのだという。「当日、僕もスタッフとして上京します。東京にいればぜひ遊びに来てください」。短いメールの向こうに三芳菊のクセのある甘みが思い浮かんだ。


西崎君は2013年、それまで住んでいた東京を引き払って、僕の故郷である三好市池田町に移住してきた。古民家を改装して「へそサロン」という飲食店を経営する傍ら、ゲストハウスの管理人も務め、サテライトオフィスの設立にも参加するなど、池田町を中心に徳島を縦横無尽に走り回っている。僕と同じ酒飲みで、初めて会ったのも池田町の焼き鳥屋。西崎君はよく飲みよく笑い、出身者の僕よりよっぽど地元の人々となじんでいた。


どうして池田町に住むことにしたのか。単純な質問をぶつけると、彼は「車一台でやってきて、適当に止まったらここだったんですよ」と笑ってはぐらかしてみせる。「何もないところでしょう?」と僕は言った。「でも、人がいます」と西崎君は答えた。野暮(やぼ)なことを聞いたと、僕は自分を恥じた。


イベント当日、仕事を早く切り上げて地下鉄で日本橋に向かった。街のあちこちの飲食店を間借りして、全国から集まった46の酒蔵が自慢の酒を提供している。小舟町のビストロに出店している三芳菊にまっすぐに向かうと、店の前には長蛇の列ができていた。


僕が作ったわけでもないのになんだか誇らしい。店先で様子を眺めていると、僕の姿を見つけた西崎君が挨拶に出て来てくれた。池田町を飛び出して東京に住む僕と、東京を飛び出して池田町に移り住んだ西崎君。僕はずっと不思議な気分で彼と向き合っていた。


西崎君が三芳菊5代目杜氏(とうじ)の馬宮亮一郎さんを紹介してくれた。杜氏というから職人かたぎの武骨な人を想像していたが、実際は音楽好きの気のいい兄ちゃん、という風情だったので驚いた。とても気さくな人で、早速日本酒を一杯ごちそうしてくれる。


隣にかわいらしい女の子がいて、店員だと思っていたら、実は馬宮さんの娘さんだった。織絵さんと言って、今春、東京農業大学に入学し、食品安全健康学科に在籍しているのだという。都会生活が始まったばかりのその頬はまだ初々しい。長女の綾音さんも同じ大学の3年生、こちらは醸造科学科。将来は2人で三芳菊を未来につなげてゆくのだろうか。

酒の仕込み作業をする馬宮さんの3人の娘。(左から)次女織絵さん、長女綾音さん、三女胡春さん=三好市池田町の三芳菊(馬宮亮一郎さん提供)

ひとしきり利き歩きを楽しんで、夕方ごろまた西崎君を訪ねると、ちょうど後片付けが終わったところ。今日は東京の友人たちと会って、翌日にまた池田町に戻るのだという。へそサロンでの再会を約束して、僕は西崎君と別れた。東京とふるさとの距離が、またひとつ縮まったような気がした。日本が、どんどん小さくなる。

(2017年5月31日掲載)