安倍晋三首相が悲願の憲法改正に向けて、前のめりな姿勢を強めている。

 憲法9条への自衛隊の存在明記と2020年の改正憲法施行を目標に掲げたのに続いて、今度はBSジャパンの番組で、憲法改正の是非を問う国民投票を国政選挙と同時実施する可能性に言及した。

 18年末までの衆院選や、19年夏の参院選を視野に入れているようだ。同時に実施すれば、集票効果が期待できるという狙いが読み取れる。

 首相は、改憲項目や施行の時期、国民投票と次々に論点を提起し、改憲論議を加速させたいのだろう。

 だが、野党ばかりか、自民党内にも、憲法を巡る議論の積み重ねを無視したかのような首相の手法を批判する声もある。

 首相はもっと落ち着いて、国民と共に論議を深めようとする姿勢になれないものか。

 そもそも国政選挙と国民投票は制度の違いが大きい。国民投票運動は自由度が高く、ポスターや街宣車、費用に制限がない。新聞やテレビの広告でも、資金力のある方が有利になるとの指摘がある。

 国民投票を巡る賛否の呼び掛けも、裁判官や警察官らを除けば、年齢や国籍を問わず、誰でもできる。

 公職選挙法による選挙運動の制約が、国民投票運動には及ばないからだ。このため、衆院憲法審査会の前身の憲法調査会では「同時に行うべきではない」との認識が与野党で共有されていた。

 番組の中で首相は、ルールの違いが混乱につながる懸念を挙げた上で、与党内や国会の憲法審査会で議論することを求めた。

 国民の関心を喚起し、説明責任を果たす意味でも、議論することに異論はない。

 しかし、国政選挙と同時に実施すれば、国民が戸惑うのは避けられない。

 憲法改正という国の根幹に関わる国民投票は、単独で実施すべきである。

 首相が9条改正に言及した後、自民党や公明党には驚きや不満の声も上がっている。

 石破茂元幹事長は「党憲法改正草案が総裁のひと言でひっくり返るなら組織政党ではない」と批判し、岸田文雄外相は9条を維持する考えを改めて示した。

 公明党の山口那津男代表は「自民党の中で十分に議論が展開されている状況ではない」との認識だ。

 自民党は首相の指示を受けて近く、憲法改正推進本部の下に起草委員会を設ける。

 起草委は<1>9条への自衛隊明記<2>高等教育無償化<3>非常事態時の国会議員任期延長を規定する緊急事態条項創設-について案をまとめる。

 気掛かりなのは、「安倍1強」の自民党では、異論があっても大きな抵抗に至らず、首相の意向に従って手続きが進みがちなことだ。

 先を急がず自由闊達(かったつ)に話し合うことで、多様な意見を持つ有権者の負託に応えなければならない。