東京・聖路加(せいるか)国際病院の名誉院長で文化勲章受章者の日野原重明さんが、105歳の生涯を閉じた。

 現役医師を貫き通し「健康長寿」の大切さを訴え、実践した人生だった。日野原さんの言葉に救われ、明日への希望を持ったお年寄りは数え切れまい。

 90歳を前に設立した「新老人の会」の活動を通じて、75歳以上でも自立して生きる新しい老人像を追い求めてきた。エッセー集「生き方上手」などは国民を元気づけた。

 徳島県も何度か訪れている。2014年、徳島市での講演会では「長寿の命をどう使うか。自分の時間を人のためにささげる行動力が必要だ」と訴えた。

 早くから予防医学に取り組んできた日野原さんは、人間ドックの早期導入を図ったほか、「患者本位の医療」を提唱し、看護師教育の充実にも力を尽くしたことでも知られる。

 第二の人生のスタートを切ったのは58歳の時だ。よど号ハイジャック事件に巻き込まれて、一度は死を覚悟したが、解放されて「与えられた命を、これからの自分を、誰かのためにささげたい」と思ったという。

 失業や重病で「新しく生きるチャンスを得ることもある」と、窮地の人も励ましている。

 12年、徳島市の昭和小学校では、子どもたちに「命とは自分が使える時間のこと。将来は誰かのために使える人になってほしい」と語り掛けた。

 人は100歳を超えても、生きる勇気を与えられる。そう教えてくれた日野原さんに、感謝の気持ちは尽きない。