きょうは、初めての「とくしま藍の日」だ。

 徳島県民の藍への関心と理解を深め、藍文化の継承と産業の振興を図る。併せてその魅力を発信する-。

 もし、徳島の藍師が藍を守らなかったら、そんな意義のある「藍の日」はなかっただろう。戦時中、食糧難で藍の栽培が禁止されても、ひそかに藍を育て、種を確保した先人に敬意を表したい。

 阿波藍には、栄枯盛衰の歴史がある。徳島は藩政時代から藍の大産地として全国に知られ、「阿波25万石、藍50万石」とうたわれた。だが、明治後期以降は、合成染料などに押されて、衰退の道をたどった。

 藍染は、藍師による原料のタデアイの種まき、手間のかかる染料のすくもづくり、藍染師による藍建て、染めと続く根気のいる作業だ。緑の葉から深い藍色を生み出す伝統の技を、しっかりと受け継いでもらいたい。

 2020年東京五輪・パラリンピックの公式エンブレムに藍色の「組市松紋(くみいちまつもん)」が採用されたのは、藍のPR、振興に向けた絶好の機会である。

 徳島県が藍の日に制定した7月24日は五輪の開会日だ。エンブレムの「ジャパンブルー」の印象とともに、国民の記憶に残る日になろう。

 7月は「とくしま藍推進月間」になった。藍染の体験バスツアーやワークショップなどの行事が集中的に行われている。一度、本場の藍を染めてみてはどうだろうか。

 近年、木材や皮に藍染をほどこした斬新な製品も登場している。意欲的な開発が、藍は今も徳島の貴重な資源なのだと教えてくれる。フォーラムなどを通じて、藍製品のよさを広めたい。

 藍染には人の心を引きつけてやまない力がある。

 1957年に初めて来県した日本文学研究者のドナルド・キーンさんは「徳島の名産物の藍染物にならって、町のすべての建物を藍色に染めれば、徳島は世界最初の藍色の町になる」と随筆で提言している。

 当時、戦災を経た日本は、同じようなコンクリートのビルばかりだったので、何か特徴がいると思ったという。

 貴重な示唆に富んだ発案である。「藍の国」の建物に藍色を生かすというプランがあってもいい。

 どんなイメージになるだろうか。7月中は徳島らしくLED投光器が、県庁舎の壁面をブルーにライトアップしている。その景観を楽しもう。

 藍染の衣料やバッグ、小物を持っているなら、藍の日にちなんで、身に付けてみたい。徳島経済同友会からの提言でもある。

 行き交う人が徳島中を藍色に染める。写真や動画で紹介すれば、注目を集めよう。

 東京大会に向け、官民を挙げて藍を生かす試みを徳島から始めよう。小さな積み重ねが、阿波藍の需要を国内外で喚起し、復興させる原動力になる。