なぜ、こんな非道な事件が起きたのか。答えは見つからないままだ。
相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で入所者19人が刺殺され、職員2人を含む26人が重軽傷を負った事件から、1年が過ぎた。
衝撃が大きかったのは、犠牲者の数が殺人事件として戦後最悪だったからだけではない。逮捕された元施設職員の植松聖(さとし)被告が「障害者なんていなくなってしまえ」などと話し、憎悪と差別意識を隠そうともしなかったためだ。
醜い偏見はどのようにして生まれたのか。私たちの社会の中に根強くあるものではないか。事件が突き付けた重い問い掛けに目をそらさず、正面から向き合わなければならない。
植松被告は昨年7月26日未明に園に侵入し、障害の重い入所者を選んで次々に襲った。今も重度障害者を「人の幸せを奪い、不幸をばらまく存在」だと見ているという。
検察側の精神鑑定は、万能感を持つ「自己愛性パーソナリティー障害」に伴う空想などが影響した可能性を示したが、本当の動機は不明だ。
公判では被告の真意に迫り、凶行に至った経緯や差別意識の形成過程を明らかにしてもらいたい。
事件で問題視されたのは、措置入院の在り方である。犯行前に被告が措置入院し、退院後に園を襲ったからだ。
厚生労働省は、自治体が医療機関や警察などと共に退院後の支援計画を作り、相談指導を行うとする精神保健福祉法改正案をまとめた。
これに対して、当事者団体や学会などから「監視強化」や「医療の治安維持化」につながるとの批判が出ている。
犯行を精神障害のせいにすれば、偏見がさらに強まるとの懸念はもっともだ。精神科医療に犯罪防止を担わせる危険性も見過ごせない。国会で慎重に議論すべきである。
事件後、インターネット上には植松被告の主張を支持する書き込みがあふれ、それはまだ続いている。
被害者の名前が家族の希望で匿名発表となった背景に、社会の冷たい目があったのを忘れてはならない。入所者や家族が負った心の深い傷は、今も癒えない。
共同通信が行った全国アンケートでは、知的障害者の家族の7割近くが「事件後、障害者を巡る環境の悪化を感じた経験がある」と回答した。
政府が先月公表した障害者白書は、障害の有無に関係なく誰もが尊重される「共生社会」の実現が重要だと訴えている。
障害者が地域の中で暮らし、身近な存在になることで、障害への理解が深まるのは確かだろう。だが、障害者の自立した生活を支えるサービスは十分ではなく、地域で暮らすハードルは高い。
偏見を取り除き、誰もが希望する環境で暮らせるようになるには、どうすればいいのか。社会を挙げて克服しなければならない。
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