「カズオ・イシグロ」。そう読み上げられた瞬間、私たちの驚きは、大きな喜びに変わった。ノーベル文学賞に選ばれた快挙を祝福したい。

 漢字の表記は石黒一雄。長崎市生まれの英国人小説家である。日本出身の作家としては、1968年の川端康成、94年の大江健三郎氏に次いで3人目、23年ぶりの受賞となった。

 賞にふさわしい作品を残してきたのは言うまでもない。

 スウェーデン・アカデミーは授賞理由について「偉大な感性を持った小説によって、世界とつながる幻想的な感覚の下にある深淵(しんえん)を明らかにした」としている。そんな感性豊かな作品の一つが「日の名残り」だろう。

 89年、英国で最も権威がある文学賞のブッカー賞に選ばれ、代表作となった。貴族に仕えた執事の苦悩を描いたこの作品は93年に映画化され、イシグロ氏の名を高めた。

 2005年に発表した「わたしを離さないで」は世界的なベストセラーになった。

 特筆したいのは、15年に来日した際に、インタビューで語った言葉である。

 「最初に小説を書き始めた際の動機は、私の日本の記憶を保存することにありました」

 初期の作品には、5歳まで過ごした長崎の情景が登場する。最初の長編「遠い山なみの光」も、続く「浮世の画家」も日本を舞台に選んでいる。生まれ故郷は、偉大な感性の源になっているのかもしれない。

 長崎を原風景にしたイシグロ氏の作品は、日本人を大いに勇気づけるだろう。