通勤途中の市民らを無差別に狙った1995年3月の地下鉄サリン事件は、社会を震(しん)撼(かん)させた。

 なぜ、多くの若者たちがオウム真理教に引き寄せられ、凶行に走ったのか。その核心は今も闇に包まれたままだ。

 最高裁第2小法廷が、地下鉄サリン事件で実行犯を送迎し、殺人罪などに問われた元オウム真理教信者高橋克也被告の上告を棄却する決定をした。無期懲役が確定する。

 これで、約190人が起訴された一連の事件の刑事裁判が全て終結した。

 強制捜査から約23年。今も後遺症に苦しむ被害者や、肉親らを亡くした遺族にとってあまりにも長い歳月だった。

 教団を率いた松本智津夫死刑囚=教祖名麻原彰晃=ら13人は死刑が確定している。共犯者の裁判が続く間は、見送られてきた死刑執行の時期が焦点になる。

 死刑囚は犯した罪と向き合い、償わなければならない。

 残念なのは、松本死刑囚が真相を語らなかったことだ。不規則発言や居眠りを繰り返し、被告人質問には、沈黙したままだった。

 東京地裁の死刑判決の後、東京高裁は審理を打ち切り、最高裁も特別抗告を棄却し、死刑が確定している。

 今回、遺族らは、やりきれない思いを吐露した。「真実はまだ分かっていない。闘いは終わっていない」「事件を知らない若い人に伝えていく機会を増やしたい」

 癒えない心身の傷を抱えながら、事件の風化も気にしている。

 社会が手をつないで事件を語り継ぎ、繰り返さないようにすることが、犠牲となった人たちの死に報いる道だ。

 そのためには、裁判以外でも、あらゆる手法で事件を検証し、分析する必要がある。

 一つの例は、地下鉄サリン事件で使われたサリン製造に関与したなどとして刑が確定した元教団幹部の中川智正死刑囚の手記だ。2016年11月号の専門誌「現代化学」に掲載されたもので、かつて「尊師」と仰いだ松本死刑囚を「麻原氏」と呼び、殺人や化学兵器製造と無縁の宗教団体を変容させたとし「宗教家以前に犯罪者」と非難した。

 さらに、松本死刑囚は「自分を深く信頼している者を選んで、殺人や化学兵器の製造などを命じた」と指弾した。「私を含めて、教団が殺人を犯すなどと思って入信した者は皆無」だったとも訴えた。

 死刑囚にも心境の変化はあるだろう。真実を語り、書き残してもらいたい。

 オウム真理教は、後継団体とされる「アレフ」と「ひかりの輪」など3団体に分かれて活動している。公安調査庁はいずれも松本死刑囚の影響下にあるとみて、団体規制法に基づく観察処分の更新を公安審査委員会に請求した。

 執行後は、松本死刑囚が神格化される可能性も否定できないとの指摘がある。

 さまざまな動きに、十分な注意を払うことが大事だ。