麓の支局に勤務したのが縁で、今も剣山によく登る。紅葉もいいが、キレンゲショウマが黄色い花を咲かせるお盆前も外せない

 中腹にある通称「行場」に群落がある。見頃には、県外からの観光バスが登山口の見ノ越にずらりと並び、急峻な山道に行列ができる。普段の光景を知る者には信じられないにぎわいだ

 この花が知られるようになったのは、宮尾登美子さんの小説「天涯の花」に取り上げられてからだ。それまでは地元でも注目されることはなかった。剣山を舞台に主人公・珠子の恋と成長を描いた物語は、1996年8月から半年間、本紙朝刊に連載され、テレビドラマや舞台にもなった

 「見渡すかぎり黄の点々は拡がり、それはおぐらい木洩れ陽を浴びて、まるで一つ一つの花が月光のように澄み、清らかに輝いてみえた」。珠子がキレンゲショウマに出合った場面である

 あらためて読み返すと、群落を前に谷を渡る風を頬に受けた錯覚に陥る。この繊細な筆致が、大勢の人を全国から剣山に引き寄せたのだろう

 執筆に当たって、宮尾さんは車で見ノ越まで来たものの、山には登らずキレンゲショウマも見ていない。単行本の後書きでそう明かしている。たくましい創作力に脱帽するしかない。宮尾さんは、名作の数々で描いてきた女性と同様に、いちずに生きた人だった。