奈良県斑鳩町。「いかるが」の、その音からして人・物・事、古代の残響のよう。無性に仏像が見たくなった時、訪ねるべき土地の一つだろう

 個人的な趣味で恐縮だが、美しい物を幾つか挙げよと問われれば、中宮寺の国宝、本尊菩薩半跏像は必ず入る。腰掛けて足を組み、右手を頬の辺りに添え、穏やかにほほ笑む。代表的な半跏思惟像である

 いかに人間を救うか、と考えている姿だそうだ。心に染みる、この気高さを十分表現できればよいのだが何分、精進の途上。かつての受験生の必読書「大和古寺風物誌」(亀井勝一郎著、新潮文庫)からお借りする

 <慈悲の根底にある無限の忍耐、いわば人生を耐えに耐えたあげく、ふとあの微笑が湧くのかもしれぬ……菩薩の微笑とは、或いは慟哭と一つなのかもしれない。凄惨な人生に向って、思わずわっと泣くほんの少し前に浮び出る微笑であるかもしれない>

 法隆寺を抜け、中宮寺へ至るまで、よわい千年を優に超す仏像の数々と向き合うはずだ。世界最古の木造建築群と、百済観音、釈迦如来。これまでに、どれほどの人が手を合わせたのか。美しさの秘密も、その数だけあるに違いない

 古代からの贈り物を間違いなく未来に手渡さなければ。法隆寺金堂の壁画が焼損したのは1949年1月26日。文化財防火デーの由来である。