役には立つまい、と思いながらも無性に欲しくなる本がある。往々にして高価である。連れ合いの非難も覚悟の上で、えいや、と手を伸ばすのだが、買ったがしまい、大抵はそれきり本棚の肥やしとなる
 
 これもそんな一冊だった。いつごろ手に入れたか「B-29操縦マニュアル」(光人社)。米軍爆撃機搭乗員の教育用冊子を忠実に訳した。戦時中の国家機密も含まれる。とはいえ歴史家か、操縦する予定でもなければ、用はなかろう
 
 記述は極めて事務的。パイロットの項では、手順を事細かに記した後で-。プロペラを最大回転数にしてブレーキを解除する。出力を上げて<機の速度が時速95マイルIAS(計器速度)まで達したところでゆっくりと操縦輪を元に戻す>。これで離陸
 
 大量の焼夷(しょうい)弾を積み込んでいた。ために、95マイル以上に加速しないと離陸できなかったかもしれない。70年前のきょう未明、300機を超すB29が下町を襲った。東京大空襲である
 
 紅(ぐ)蓮(れん)の炎が人を家屋をなめ尽くした。<頭髪のやけうせしむくろがみどりごをいだきてころぶ日の照る道に>(天久卓夫)。わずか一夜にして死者約10万人、焼失27万戸
 
 民間人を狙った無差別爆撃は、原爆とも並ぶ戦争犯罪だ。まれにみる非人道的行為を、はっきり人類史に刻んでおかねばならない。応分の反省も忘れずに。