品という言葉が今の世の中、これほど似合う人は、なかなかいなかった。「こないに上手に亡くなるという、きれいなもんかなあと思いました」。弟子のざこばさんが涙した。人間国宝・桂米朝さん。「らしさ」を通した大往生である

 戦後、漫才や新喜劇に圧倒されて消滅寸前だった上方落語を再建し、今日につなげた中興の祖。1957年の上方落語協会発足時、18人しかいなかった会員は、今や200人を超すまでに

 埋もれた演目を掘り起こしては復活させた。算段の平兵衛に天狗裁きの喜八、はてなの茶碗の茶金さん。あの柔らかな語り口で再び命を吹き込まれ、生き生きと活躍し始めた登場人物は多い

 そっくりまねれば、素人でも受ける。そんな評を聞いたことがある。米朝さんの噺はそのぐらいしっかり作り込まれている、と。豊富な学識とたゆまぬ研究が、それを可能にしたのだろう

 故枝雀さんや月亭可朝さん…。自らの端正な芸風とは正反対の芸人を一門から多数輩出したのも、米朝さんの人間の大きさ、芸に対する懐の深さを物語っている。知性派で人情家。時に反目する個性が矛盾なく並び立つ人だった

 冥土への道中。共に歩く人と今ごろ、落語さながら、陽気に笑い合っているか。<これこそほんまに急がん旅。昔話でもしながら行きまひょ>「地獄八景亡者戯」。