昨年亡くなった作家の渡辺淳一氏は毎年4月の初めになると、かすかな不安に襲われたという。自伝的作品「四月の風見鶏」(文春文庫)を読むと、心の揺れがよく分かる
 
 札幌医大講師だった渡辺氏は先輩教授による日本初の心臓移植手術を小説で批判し、大学を去った。作家として生活できる当てもないのに上京したのは花曇りの時季。それから”心のざわめき“を覚えるようになった
 
 町に桜が咲き誇る中、きょうから新年度。進学、就職、浪人、退職とさまざまな人生模様が交錯しながら、春が深まっていく。希望と喜び、不安と後悔が、目に映る花を美しくも、はかなくも見せるだろう。旅立ちの季節のコントラストは残酷なほどに鮮やかだ
 
 都内の民間病院に勤めながら小説を書き始めた渡辺氏も「大学をやめたのは、本当に間違っていなかったのか」と窓の外に見える風見鶏に問い掛けた
 
 だが、その後、直木賞に輝き、恋愛物や歴史小説などの名作を発表。日本を代表する流行作家になった。心臓移植は渡辺氏にとって作家の方向づけをした大きな風見鶏だったという
 
 誰にも自分の選択を疑いたくなる時がある。窓の外を眺めながら”心のざわめき“を感じている人もいるはず。そんな時、読んでみたい一冊だ。ページを繰りながら、今年は著者がこの世にいないのが寂しい。