市民感覚に沿った司法判断といえるのだろう。それでも被害者側に立てば、いや待てよ、といった部分が残る
 
 最高裁が初めて示した判断は「危険ではない通常の行為で、予測できずにたまたま人を死傷させた場合、親は責任を負わない」。小学生が蹴ったボールが原因で起きたバイク転倒事故をめぐる訴訟の上告審判決である
 
 われも子の親。子どもが校庭でサッカーをしていて、偶然に事が起き親の監督責任を問われてはたまらないとは思う。だが立場を変えればどうか。バイクの80代の男性は事故で寝たきりになり、1年半後に亡くなった。遺族はどこへ気持ちをぶつければいいのか
 
 「ボールが飛び出す場所に、なぜゴールを設けたか」と、施設管理者の落ち度を問うこともできる今回のようなケースばかりではない。これまで司法が半ば機械的に親の責任を認めてきたのは、被害者の救済が不十分になるのを防ぐためだった
 
 判決は具体的な免責範囲を示しておらず、これからケースに応じて裁判所が判断していくことになる。子ども同様、責任能力のない認知症患者らが関わった事故の訴訟にも影響してこよう
 
 監督義務者の負担を軽減したはいいが、被害回復に手抜かりが出ては困る。事故が増え、自転車保険が広がっているように、被害者を救済するシステムづくりが欠かせない。