ずっと昔の話である。仲良く暮らしていたサルとウサギとキツネの前によれよれの老人が現れて言った。「どうか、この空腹を救ってください」
サルは林から木の実を、キツネは川から魚を持ち帰る。何も手に入れられなかったウサギは、思いあまって頼む。サルには薪を集めるよう、キツネはそれに火を付けるよう。炎が上がった。ウサギはそこへ飛び込み、自分の肉を老人に与えた
老人は、実は神様。その慈悲の心に打たれ、ウサギを天へと導いた。月に姿が現れるようになったのは、それからだ。仏教説話などに見える物語である
アポロも今度で何号だっけという小欄の子ども時代、物語を知るより先に、月にウサギなどいないと知ってしまったのは幸せだったか。さらに進んだ今の子どもたちは夜空を見上げて何を思う
宇宙航空研究開発機構が、3年後にも無人探査機を月へ送り込むという。日本初となる月面着陸で、今後の宇宙探査に必要な基盤技術の確立を図る。有人活動の可能性も探る考えだ
子どもを愛したあの良寛さんも、月とウサギの話に衣の袖をぬらしたそうである。良寛さんなら、月面着陸をどんな物語に仕立てるだろう。<ひさかたのつきのひかりのきよければてらしぬきけりからもやまとも>。うそもまことも、ひかりもやみも。こんな歌を詠んだ人ならば。