現在のシリア中部、パルミラは、シルクロードの隊商が行き交う交易都市だった。砂漠とラクダ、ヤシと石柱の列、オアシス。旧約聖書によればソロモン王が築いた都だという

 ローマ帝国支配下の3世紀半ば、帝国の混乱に乗じて、突如ここに王国が建つ。仕掛けたのは女王ゼノビア。ただし夢はすぐに破れた。273年、帝国の攻撃を受けて王国は滅亡する。日本でいえば倭国の女王・卑弥呼(ひみこ)から、少し下った時代である

 過激派組織「イスラム国」が、この地を制圧した。遺跡破壊をインターネットに流して、プロパガンダの道具にしてきた連中だ。かつての栄華をしのばせる遺跡群が壊滅の危機に瀕している

 世界遺産は宗教を超えた人類共通の宝である。それが当たり前、少なくとも多数派の認識ではないかと「われわれ」は思う。しかし、別の「われわれ」は「反イスラム的だ。壊して当然」との主張をいささかも譲らない

 長い道のり、信じられないほどの血が流れ、とどのつまりは二つの世界大戦を経て、こんな考えが生まれた。幾つもの「われわれ」をつなぐ言葉があるはずだと

 だが、現実は前にも増しての「われわれ」の乱立である。ネットに代表されるコミュニケーションの道具は、進化し続けている。なのに人と人、人々と人々の距離は開くばかり。そんな気にもなる。