時代に乗り遅れてはいけないと、ツイッターなどSNSの積極的な利用を心掛けている。だが、スマホの小さな画面を顔をしかめながら見るのはつらい。もっと厄介なのは、ネット上に氾濫する「若者言葉」を読み解くことだ
 
 「リア充」「ハム交」など、正体不明の単語が飛び交っていて、ちんぷんかんぷんである。例に挙げた単語は、順に「現実(リアル)の生活が充実している様子」「公共交通機関」だそうだ
 
 本来の意味と違う使われ方をするケースも増えている。「やばい」は身に危険が迫るさまを表しているが、若者たちは「格好いい」と、表現したい場合にも使う。車とぶつかりそうになっても、音楽で感動しても、口をついて出る言葉は「やばい」なのだ
 
 ジョージ・オーウェルの小説「一九八四年」(ハヤカワepi文庫)には「ニュースピーク」という言語が登場する。全体主義国家が文法を単純化し、語彙を大きく削減して創ったという想定だ
 「目的は挙げて思考の範囲を狭めることにあるんだ」とは、登場人物による解説である。「素晴らしい」は「超良い」で表現すれば足りるとするくだりもある。1949年の作だが、現代の若者言葉を予言しているようだ
 
 言葉が貧しくなると、何を失うのか。健全な思考には豊かな表現が欠かせないことを、忘れてはならない。