あの日、あの時、あの人がいなければ、その後は大きく変わっていたのではないか。歴史は、時として器も大小、さまざまな人に鍵を預ける
北京郊外の盧溝橋。1937年7月7日、その1本を握ったのが、日本陸軍の牟田口廉也連隊長である。彼が大陸にいなければ、事件の様相は随分と違っていたのかもしれない。日中戦争は回避できなかったとしても
後に中将となり、インパール作戦を指揮する。撃つ弾はなく食料も尽き、多数の兵を死なせた。無謀な戦いの舞台は旧ビルマ、徳島県出身の兵士が最も多く戦死した場所だ
事件をめぐって、牟田口連隊長が独断で発した抗戦命令が、中国国民政府軍との停戦交渉をつぶし、泥沼の戦いを呼び込んだともされる。功名心で「国益」を損ねたことは疑いがない。作家半藤一利さんの「昭和史」(平凡社)を読んで思う
「法的安定性は関係ない」。こんな世まい言は、歴史の片隅にも残るまい。しかし、この補佐官を任命した安倍晋三首相のことは検証の対象となろう
牟田口元中将に「無能」のレッテルを貼る人もいる。歴史家の評価は容赦ないが、その批判にさらされるのは鍵を握った人の宿命だ。安保法制をごり押しする安倍首相はどうなるか。小欄も後世の資料のたしに、「違憲の疑いがある立法には賛成しかねる」と記しておく。
トップニュース
Sports
スポーツ
Culture&LifeStyle
カルチャー&ライフスタイル