<駒(こま)とめて袖うちはらふかげもなし佐野のわたりの雪の夕暮>「馬をとめて袖の雪を払う物陰もない、佐野の渡しの雪に覆われた夕暮れよ」藤原定家のこの歌は、先人の作の語句などを取り入れる本歌取りの手法が使われている
 
 本歌は<苦しくも降り来る雨か神(みわ)の崎狭(さ)野(の)の渡りに家もあらなくに>で長(ながの)奥(おき)麻(ま)呂(ろ)の作。万葉集にある。歌枕を軸に、古歌の映像をどのように巧みに切り替えるかが、よく現れた例だという。「名歌名句辞典」(三省堂)の解説だ
 
 絵画でも、古典的な傑作に自らの画風で挑む場合がある。ピカソは、ベラスケスの名作「ラス・メニーナス」を連作に描いた。ギリシャ古典をモチーフにした三島由紀夫「潮騒」も名高い。いずれも正当な手法である
 
 では、佐野研二郎氏がデザインした2020年東京五輪の公式エンブレムは?ベルギーの劇場のロゴのデザイナー側が著作権を侵害されたとして、使用差し止めを求めて提訴した。佐野氏は「自分がゼロからつくった」と潔白を主張している
 
 自らの事務所が手掛けたビールのキャンペーン賞品では一部に模倣があったと認めたが、自身の動植物園のシンボルマークの模倣は否定した。度重なる指摘は残念だが、心静かに五輪エンブレムと向き合ってみたい。真実は多くの言葉を必要としないし、優れた作品は常に雄弁だ。