「あの時、何であんなことをしたんだろう」と嘆いても、後悔先に立たず、とはよくいったもので、二度と「あの時」は戻ってこない。しばらくたてば、多くの場合、「何で」の理由に気付く。要するに、未熟だったのである
 
 小学生から中学生へ、わずか1年の差ではあるが、ひなが卵の殻を割るように、新しい世界に飛び出たような気分になる。その年代の心と体の不安定さは、振り返れば誰しも覚えがあろう
 
 注意しなければならないのは、事件の被害者ばかりでない、加害者ともなりうる年代に差し掛かったことだ。悪ぶってみたくもなるころだが、悪ふざけにも想像力がいる
 
 美馬市内の徳島自動車道をまたぐ橋の上からコンクリートブロックなどを投げ込み、事故を誘発したとして、15歳の中学生が近く書類送検される。一緒にいた同じ中学の13歳は既に補導された
 
 命に関わる大事故になっていた可能性があった。自分の行為が何を招くか、容易に想像できる年齢である。まさかまねをする中学生はいないと思うけれど、そうとも言い切れない危うさが、この年ごろにはある
 
 ブッダは言っている。<ただ誹られるだけの人、また、ただ褒められるだけの人は、過去にも、未来にも、現在にもいない>。もがくように生きている彼らにどんな言葉がかけてやれるか。小欄も探したい。