西洋列強に追いつけ追い越せの時代。明治の文化人は英語で日本の紹介を試みた。宗教家の内村鑑三が著した「代表的日本人」は、岡倉天心の「茶の本」や新渡戸(にとべ)稲造(いなぞう)の「武士道」と並び、名著として今も版を重ねている

 代表的人物として、内村は西郷隆盛や上杉鷹山(ようざん)を挙げる。江戸時代の農政家・二宮尊徳の項の冒頭には、こんな文を置いた。<「農業は国家存立の大本である」とは、まさにわが国のことであります>(鈴木範久訳)

 国土は狭いものの、土の塊の一つ一つ、土から生じる芽の一つ一つに愛情を注ぎ、才能と勤勉とを精いっぱい発揮して、世界でも注目に値する高度な農耕を可能にしてきたのだ、と

 この瑞穂(みずほ)の国が、大きな曲がり角に差し掛かっている。環太平洋連携協定(TPP)交渉が大筋合意した

 発効すれば国内総生産で世界の4割を占める巨大経済圏が誕生する。日本にとって飛躍のチャンスであることは疑いないが、足腰の弱い農業がTPPの烈風に耐えられるか。海外との競争に勝ち抜けるか

 江戸の一時期、商品経済の波をかぶって農村は荒廃した。そこに二宮は現れて、見事に立て直してみせた。状況は、より厳しいかもしれない。平成の難局、才能と勤勉さを示すときは今。いでよ、尊徳。掛け声だけならたやすい、と十分に分かってはいるけれど。