1968年、日本人で初めてノーベル文学賞に輝いた作家の川端康成氏は「日本の伝統、各国の翻訳者のおかげであり、三島君のおかげ」と語った

 三島由紀夫氏は63年に初めて候補に入り、最終選考の対象の6人に残った。「金閣寺」などで西欧の日本文学への関心を高めた三島氏に対する感謝の言葉だった

 三島氏は師弟関係の川端氏の受賞に「日本文学の名誉である」と祝意を表した。だが、心境は複雑だったようだ。「この次、日本人がもらうとしたら、俺ではなく大江だよ」と大江健三郎氏の名を挙げたという。予言は的中し、94年に大江氏は日本人2人目の文学賞を受けた。その前年、日本文学は世界的な前衛文学の旗手で有力候補だった安部公房氏を病気で失った

 日本人初の候補は、幼少年期を徳島で過ごした作家・社会運動家の賀川豊彦氏で47、48年に推薦された。谷崎潤一郎氏と詩人の西脇順三郎氏も候補になった

 運、不運が交錯するノーベル賞。3人目は村上春樹氏なのか。デビュー作の「風の歌を聴け」から「1973年のピンボール」「羊をめぐる冒険」「ノルウェイの森」と話題作を連発し、世界中の読者をつかんで離さない

 今年は吉報を持ち越したが、来年こその思いが募る。「海辺のカフカ」は香川を舞台にした作品で、徳島駅前も登場する。読書の秋だ。