その顔は静かな驚きに満ちて、聖なる使命を受けた覚悟をうかがわせる。天使ガブリエルからキリスト受胎を告げられたのは聖母マリア。レオナルド・ダビンチの「受胎告知」は、その劇的な瞬間を描いて名高い

 2007年に東京の展覧会で対面した時、緊張感に息をのんだ。聖母に限らない世の女性たちの神聖な役割が描かれているとも感じた。海よりも深いといわれる母の愛は、いつから育まれるのだろう

 大阪高裁が再審開始を認めた事件は、当時から首をかしげたくなるものだった。母と同居相手の男性が共謀。男性がガソリンをまいて放火し、入浴中の11歳の女児を焼死させた。それも保険金目当てでだ。本当に、母がそんな鬼畜になれるのかという素朴な疑問を抱いた記憶がある

 高裁は再審請求審の火災実験を重視し「車の給油口からガソリンが漏れ、風呂釜の種火から引火した自然発火の可能性が具体的に認められる」とした

 確定判決の柱は「ガソリンをまき、ライターで火をつけた」との男性の捜査段階の自白だった。高裁は、自白通りなら「やけどを負わないことがあり得るのか疑問が生じる」とも指摘した。では、なぜ、そんな自白が?

 自白頼みの捜査による冤罪(えんざい)事件は少なくない。重い扉が開いた以上、再審になれば新たな結論が出る可能性が高い。母の胸中は-。