「彼」の話をしよう。それが始まったのは、県内の高校に入学したばかりのころだ。使われたのは無料通信アプリ「LINE(ライン)」。散々なじられた末、クラスで孤立させられた
 
 教師に相談しても頼りにならず、次第に学校から足が遠のいた。登校しようとすると体調が悪くなった。教室に戻れないまま結局、退学した
 
 昨年度、県内の小中高校と特別支援学校で認知されたいじめは728件で、過去2番目の多さだった。文部科学省の求めで再調査したところ、当初の集計よりも212件増えたという
 
 岩手県矢巾(やはば)町で、担任へ提出するノートに「げんかいになりました」などと記し、中学生が自殺した問題を受けての再調査である。町教委もゼロとしていたいじめ件数を、三十数件に修正した
 
 その後、転学して立ち直った「彼」は、統計に入っていたのだろうか。今回、再調査で212件増とはいかにも多いが、より実態に近づいたと前向きに受け止めたい。しっかりとした現状把握は、いじめを小さな芽のうちに摘み取るための第一歩だ
 
 「いじめゼロがよいという価値観があった。生徒がいじめと感じていたのに、トラブルと甘く見て対応が遅れた」。矢巾町教委の悔悟を、全国の教育関係者で共有したい。幾人もの「彼」「彼女」が今も、教室で助けを待っているはずである。