子どもが小さなころだから、もう随分と前の話になる。「僕、マグロがいい」と、のたまわったのには、たとえそこが回転ずしとはいえ、何て生意気な、と思った
 
 「焼き肉なら骨付きカルビ」と言うに至っては、小学生にこんなぜいたくをさせて、国の行く末は心配ないか、と憂国の情すら湧いてきたものである。たとえそこが食べ放題の店であろうと
 
 時代が違う、と言ってしまえばそれまでだが、大人になるまで、すしとか焼き肉とかの店の敷居をまたいだ記憶はない。感想も「うまかった」「まずかった」「普通」の三つで足りた。なので、これには驚き感じ入った。「おいしゅうございます」
 
 あらためて言うまでもない。先日、91歳で亡くなった食生活ジャーナリスト岸朝子さんの決めぜりふである。食は文化。それを伝えるのに、これほど品のある言葉を他に知らない
 
 食生活の乱れに警鐘を鳴らし続けた人だった。半生記「このまま100歳までおいしゅうございます」(東京書籍)の冒頭、「健康人生の十カ条」の一は<食は命と思うべし>。食べたいものを食べるだけ、では駄目。<栄養のバランスと適量を知るべし>
 
 当たり前ではあるけれど、この人が言うならば、ひとつ守ってみようか。何歳になっても「おいしゅうございます」といくには、相応の節制が必要なのだ。