学生の頃、発掘現場でしばらく働いたことがある。専攻がそちらというのではなく、ただの日銭稼ぎ。遺構や遺物の写真を撮影して日が暮れた
 
 トレンチと呼ばれる試掘溝に入って土の断面を見ると、それぞれの時代が層になって重なっていた。近世の層からは、イエズス会宣教師フロイスの記述そのまま、信長、秀吉時代の栄華をしのばせる金箔瓦などが出土した
 
 さすが京都だと感心したのはいいが、共に出てくる貝殻の多さに、不用意にも「昔の人は好きだったんだねえ」と漏らして失笑を買った
 
 「よく勘違いする人がいるんだよ。同じ食べ物でも、すぐ土に返る物はかなり条件が良くないと残らないだろ」と仕事仲間。貝殻は残りやすいから目立つだけ。フロイスも記録しないはずである
 
 遺物は多くを語るけれど、もちろん歴史は、それだけではできていない。大事なのは、むしろ目に見えないもの。くだんの貝を食べた人も染まっていただろう時代の精神や考え方が、地層のように積み重なって今がある
 
 騒動の末にきょう、東京五輪・パラリンピックのメーンスタジアムとなる新国立競技場の設計が決まる。器は残る。ただし、語り継がれるのは中身の方だ。「お・も・て・な・し」に代表される日本らしさを発揮し、競技者を輝かせた大会として、東京の名を歴史に刻みたい。