その人の死に際して、誠に優れた表現、洞察力の持ち主を失ったと感じることはそう多くはない。だが、文芸評論家の佐伯彰一さんの訃報に接し、言い知れぬ喪失感が心を駆け抜けた。ノーベル文学賞候補にもなった作家三島由紀夫研究の第一人者である
1970年、三島は東京市谷の陸上自衛隊で、隊員に憲法改正のための決起を訴えた後、割腹自決した。「評伝三島由紀夫」(新潮社)は人間像に迫った傑作で、佐伯さんは三島を「眼の人、明晰に見ぬくことに憑かれた作家」だと言う。三島の眼は作品と読者を見据えたが、自らの内側を見据えて食い荒らすことはなかったのだと。その代わりのように「外的な自己破壊へ一気に突きすすんだ」とみる
当の三島は自伝的評論「太陽と鉄」で「私の文体がすでにいたるところに砦を築いて、その想像力の侵寇を食い止めた」と述べた。だから想像力を武器にした逆襲を企てるなら、芸術外の領域でなければならず、それゆえ「武」の観念に親しみ始めたのだと
三島苦心の文体の砦がかえって彼の命を、武人めいた自決へと押しやったとすれば、皮肉なことだ
それにしても今、安倍政権下で起きている憲法論議の本質と行く末を、眼の人なら、どう見抜くだろうか。佐伯さんの労作をいま一度、読み返して、答えを考えたい。冥福を祈る。
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